23「ネクセンの恋」③



「――ぜったいにフラれるわねぇ」


「こら、ルナ!」




 娼館の治療を終えた翌日の昼休み。


 大量の薔薇を抱きかかえて娼館で働くフェイリンにプロポーズに行ったネクセンを送り出すと、にんまりした顔でルナがそんなことを言った。




「だってぇ」


「ルナ。あまりそういうことを言ってやるな」


「ぶーっ、だって、パパと違って、この間まで町の嫌われ者だったネクセンが、告白通り越してプロポーズよ。普通に考えて無理じゃない?」


「私は以前のネクセンを知らないが、今のネクセンは好ましく見えるぞ。よく働く青年だ。告白される子も、悪い気はしないだろう」




 レダに続きルナを窘めたのはヒルデガルダだった。


 彼女はお茶を口に運びながら、目を細めてそう言う。




「だからってさー、いきなりプロポーズとか重くない? 普通、恋人からじゃないの?」


「……普段から、レダに執拗に迫っているお前がそれを言うのか?」


「あなただって同じじゃん! そもそもぉ、あたしのような美少女と、あんなおっさんを一緒にしないでよぉ!」


「私にしたら、どちらも小娘小僧だが……ミナはどう思う?」


「ネクセンおじちゃん、プロポーズがうまくいくといいね!」




 学校が休みのミナが問われて笑顔で返事をする。


 レダも、ミナと同感だ。うまくいってほしい。




「ねぇ、パパぁ。そのフェイリンって子はどういう子なの?」


「俺も詳しくは知らないんだけど、優しくていい子らしいよ」


「あやしぃ。もしかして、ネクセンから金を巻き上げようとしているとかぁ?」


「やめなさい。少なくとも、アムルスにそんな人間はいないだろ」


「わかんないわよぉ。人間って、怖いところあるじゃん」


「まったく。ルナも素直に、ネクセンが心配だって言えばいいのに」


「あんなおっさんのこと心配なんてしてませーん!」




 嫌そうな顔をするルナだが、彼女はネクセンと結構仲がいい。


 顔を合わせれば、「おっさん」「小娘」と口喧嘩するものの、仲が悪いわけではないのだ。


 歳の離れた、異性の友人と言う感じが適切かもしれない。


 もっともお互いに認めないだろうが。


 今だって、口ではどうこう言いながらも、ネクセンのことを心配していると思う。




「ふむ。悪い女に引っかかっているパターンもあるのか」


「えー。でも、ネクセンおじちゃんなら、大丈夫だよ」




 娘たちは、やはり女の子というだけあって、恋愛話に盛り上がっている。




(やっぱり女の子は恋愛話が好きだな……とはいえ、一応、窘めておかないと)




「こらこら、三人とも。ネクセンは本気なんだから、あまりネタにして盛り上がらないの」


「こっちだって、本気で話題にしてるのよぉ――で、どっちに賭ける? 成功する? フラれる?」


「だーかーらー、そういうのをやめなさいって言ってるんだよ!」


「えー。だってぇ、パパだって気になるでしょ?」


「そりゃ、気にならないって言ったら嘘になるけど」


「ならいいじゃない。別に、フラれちゃえなんて思っているわけじゃないのよぉ。ただ――あたしはフラれるほうに賭けるわ!」


「ルーナー……いい加減にしないと怒るよ」


「ぶーっ」




 どうしても話題というか、遊びのネタにしたいルナにレダも呆れ気味だ。


 普段、こういう類の話題が少ないから仕方がないのかもしれないが、いくら本人がいないからといって、こう騒いでいいものかと悩む。




「では、私は成功するに賭けよう」


「こら、ヒルデまで」


「わたしも成功するに賭けるよ!」


「……ついにミナまで」




 一番のいい子までが賭けに参加してしまったことを嘆くレダ。


 純粋に応援しているのか、楽しんでいるのか、それとも両方か。




「いいじゃないか、レダ。私は、少なくともプロポーズが成功することを祈っているぞ。ネクセンは口が悪いが、よい男だ。妻を持ち、治癒士として今後も励むのは彼のためにもなる」


「わたしはネクセンおじちゃんが、好きな人とうまくいくといいな!」




 遊ぶ気満々のルナはともかく、ヒルデガルダとミナは賭けに乗りつつもネクセンを応援しているようだ。




(ルナも応援してないわけじゃないんだろうけど、素直じゃないからな)




 レダだって、もちろんネクセンのプロポーズが成功することを祈っているのは一緒だ。


 いろいろ不安はあるものの、友人の成功を祈らないわけがない。




(成功してほしいから、午後の診療は休んでくれても構わないって言っておいたけど、さてはて、どうなるやら)




 レダは、氷が溶けてしまったアイスティーを飲み干すと、午後の診療の準備をしようと立ち上がる。


 すると、階段を登ってくる足音が聞こえた。


 出迎えると、気まずそうな顔をしたヴァレリーとアストリットがいた。




「あの、レダ様……ネクセン様が、その、帰ってきましたわ」


「……早いよね」


「ねえ、レダ。その、あなた、慰めてあげて。男同士のほうがいいでしょう?」


「――え? アストリット様、それって……まさか」




 レダの震える声に、アストリットは苦々しく頷いた。




「私たちはいないほうがいいと思うから、ここにいさせてね。あとは、レダに任せるわ」


「……そんな。ネクセン」




 彼女たちの反応から、ネクセンのプロポーズが失敗したのだとわかってしまった。


 暗い雰囲気に包まれてしまう。




「やったー! あたしのひとり勝ちよぉ!」




 そんな中、空気を読まず賭けに勝ったことを喜んだルナを、とりあえず叱ることにした。








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