21「ネクセンの恋」①



 娼婦たちに見送られて、レダとネクセンは帰路についていた。




「お礼を言われるのはいいんだけど、サービスするから遊びに来てねって言われても困っちゃうな」




 無事に患者を治療し終えたレダは、身内を治してくれたお礼とばかりに娼婦たちにもみくちゃにされてしまったのだ。


 女性経験がなく、また耐性もないレダにとって、甘く心地よく、そして心臓に悪いひとときだった。




 見かねたアンジェリーナが止めてくれたのはいいが、彼女はレダが童貞であることを知っているので、気遣われてしまったのだろう。


 恥ずかしく思ってしまう。




 そんなレダの呟きに、ネクセンは反応してくれない。


 なにか考えるように難しい顔をしているのだ。




「どうしたんだよ、ネクセン?」


「なあ、ディクソン」


「うん?」


「お前は、所帯を持つつもりはないのか?」


「どうしたんだ、急に?」


「真面目に聞いているんだ。答えてくれ」


「そうだねぇ……俺にはもう、家族がいるからね。今さら所帯とか言われても、ちょっと違う気がするかな」




 妻こそいないが、家族はいる。


 かわいい娘たち、家族と読んで過言ではない友人、同僚たち。


 レダは自分が恵まれた環境にいるのだと再確認した。




「そうだんたな。お前には、家族がいたな」


「俺としては、ネクセンのことも家族同然に思っているよ」


「ふん。変わり者め。私とお前は、当初いがみ合っていたではないか」


「正しくは、ネクセンのほうが俺を一方的に敵視していただけなんだけどね」


「――ぐぅ」




 レダとネクセンの出会いだって、あまりいいものではなかった。


 盗賊たちのアムルスへの襲撃の際、逃げ遅れていたネクセンをレダが見つけたものだった。


 彼の行動で、足を引っ張られたこともあった。




 しかし、この出会いを経て、彼は変わった。


 金儲けを主体にするのではなく、人助けを中心にしてくれるようになった。


 今では、診療所には欠かせない治癒士だ。




「それで、どうしたの?」


「以前からずっと考えていたことがあったんだが、先ほどのことをきっかけに決意した。私はプロポーズがしたい」


「……俺に?」


「誰が貴様にプロポーズなおするか! 真面目に聞けと言っているだろう!」


「冗談だよ。ごめん、ごめん。ちょっとびっくりしたから、つい」


「まったく。貴様という男は、話も真面目に聞けんのか!」


「だからごめんって。それで、そのプロポーズの相手は、フェイリンって子かな?」


「――なぜわかった?」




 目を丸くするネクセンに、レダは苦笑してしまった。


 先ほど、娼館であれだけ感情的な一面を見せたのだ。


 鈍感でも気付く。




「まあ、あれだけ取り乱したネクセンを見ればね。あの子がフェイリンだろ?」


「そうだ。私はフェイリンに惚れている」


「いいじゃない。好きならプロポーズしなよ」


「――反対しないのか?」


「いや、どうして俺が反対しなきゃならないの? まあ、確かに告白じゃなくて、いきなりプロポーズには驚いたけど、好きな人に自分の気持ちを伝えることのなにを反対すればいいんだよ」




 レダは、なぜネクセンの口から「反対」という言葉が出てきたのかわからず、首を傾げる。


 むしろ、彼のことを羨ましいと思うくらいだ。


 レダはちゃんと恋をしたことがない。


 良い出会いがなかったというか、生きるに精一杯でそんな余裕もなかった。


 流されるままに付き合った女性は、性悪の女だった。




 そんなレダでも、人を愛する感情はわかる。


 レダの抱く愛とネクセンの抱く愛は、違うだろう。


 それでも、愛は愛だ。


 その感情はとても大切な者であり、大事にしなければならにものだ。




 ネクセンが、愛を抱き、その気持ちを相手に伝えたいのなら、反対するなんて無粋なことができるはずもない。




「私が言うのは躊躇われるが、あ、相手は娼婦だぞ」


「――ああ、そういうことか。そんな些細なこと気にするなよ。彼女の職業を知ってもなお、好きなんだろう?」


「ああ、私は彼女を心から愛している」


「なら、いいじゃないか。一番大事なのは、ネクセンの想いだろ?」




 レダの言葉に、ネクセンはどこか安心するように、そして普段の彼らしくない柔らかな笑みを浮かべた。








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