20「急患」③
「まさか、あんたが用事棒だったとは思わなかったよ」
「宿無しだったところを、アンジェリーナに助けてもらった。彼女は優しく、いい女だ」
「それには同感するよ。それで、加害者はどうしている?」
「奴に治療など必要ない」
「どういう意味だよ?」
レダの疑問に、エルザは苛立たしげに鼻を鳴らした。
「奴は、ここで働く女たちを侮辱し、暴力を振るった。酒のせいにしてグダグダいいわけをしているが、暴れるほど酔っているわけではない。単に、彼女たちを痛めつけたかっただけだ」
「それで、そいつはどうしたの?」
「両腕をへし折ってやった。無抵抗の女を殴るような屑に、腕など不要だ」
「それは俺も同感だけど、やりすぎだ。あんたの立場が……いや、この娼館の人たちの立場だって悪くなるかもしれないんだぞ」
心情的にはレダも加害者を許せない。
エルザの言葉を信じるのなら、酒を言い訳にして女性に暴力を振るった男など、なおさらだ。
嫌悪さえする。
だからといって、やりすぎれば娼館の評判が悪くなる可能性だってある。
無論、すべての元凶は加害者だが、それでも、だ。
「あんたって人はどうして、そう」
「女を弄ぼうとする屑に情けをかけるつもりはない」
エルザの生い立ちを考えると、理解はできる。
が、賛同するのは難しかった。
「だが、そうだな、すまなかった、アンジェリーナ。私は感情で動き過ぎた」
「いいえ、エルザ様は私たちを守ってくださいました。確かに、少々やりすぎかもしれませんが、それでも謝罪は必要ありませんわ」
「いいのか?」
「レダ様が案じてくださるように、娼館の評判が落ちる可能性もあるでしょう。しかし、それ以上に、私たちはここで働くことに誇りを持っています。そんな私たちを侮辱し、暴力を振るうような方に、遠慮などしませんわ」
「アンジェリーナさんがそう言うなら、俺もこれ以上は言いません。出過ぎた真似をしました」
彼女たちが、加害者を許さないというのならエルザの対応も間違ってはいないのだろう。
そもそも、客として最低限のマナーを守っていれば、揉める必要もない。
レダは自分が言い過ぎだったことを、謝罪した。
「レダ様が心配してくださっていることはわかっています。そういうところがお好きですわ」
「――貴様。ルナに好かれていながら、他の女にも手を出そうとしているのか!」
「出してないよ! ったく、あんた、その短絡的な考えをちょっとはなんとかしたらどうなんだ! 俺は、誰にも手を出した覚えはない!」
「つまり、手を出しておきながら覚えていないということだな」
「違うから! どうしてそうなるんだよ! 手を出していないって言ってるだろ! わざとやってんのか、あんた!」
整った柳眉を釣り上げて、的外れなことを言うエルザに、レダは猛抗議した。
大声を出して息を切らしたレダは、会話を打ち切ることにする。
エルザに疑われるのは心外だし、もっと言えば、先日やりあったので若干の気まずさがあるのだ。
「はあ……もういいよ。アンジェリーナさん、俺はネクセンの様子を見てきます」
断りを入れて、先に治療に当たっていたネクセンの元に足を運ぼうとして、レダは止まった。
視線の先では、フェイリンを抱きしめ心底安堵しているネクセンの姿があった。
そんな彼を、フェイリンが笑って慰めている。
「あれじゃ、どっちが治療したのかわからないな」
「ネクセン様は、フェイリンをとても大事にしてくださっていますから」
「そうらしいですね」
「かつてネクセン様が、このアムルスでよく思われていなかったことを私も存じています。ですが、ネクセン様は、隠れて私たちを無償で治療してくださっていました」
「……知りませんでした」
「ふん。どうせ、あの女に下心があったからだろう」
「エルザ……あんたまだいたのか」
ネクセンが無償治療をしていたことは初耳だった。
悔しいが、エルザの言うように、若干の下心はあったのだろうと思ってしまう。
「もしかするとエルザ様のおっしゃる通りかもしれません。ですが、私たちは助かっていました。娼館では、今日のような出来事は珍しくありません。ときには治癒士様にお縋りしなければならないこともあるのですわ」
「これからは些細なことでも声をかけてください。往診もしてますから、俺が来れます。診療時間外の夜間でも構いません。困っていたら、いつでもお待ちしています」
「よろしいのですか?」
「アンジェリーナさんも、ここで働く人たちも、みんなアムルスの住民です。違いなんてありませんよ」
レダの言葉に、瞳を潤ませたアンジェリーナが深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、レダ様」
礼をする、アンジェリーナの隣で、
「お前もどうせ下心からだろう」
エルザが余計なことを言っていたが、それは無視することにした。
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