19「急患」②
娼館へ向かう道中、アンジェリーナからことのあらましを聞くと、悪酔した冒険者が娼館で娼婦に暴力を振るったようだ。
どうも王都のほうから流れてきた冒険者らしく、田舎の娼婦だと馬鹿にした態度が目立ち、最初から決していい客とは言えなかったそうだ。
「人の行き来が多くなったのは、町のためにはいいことなんだけど、こういう弊害もあるんだよな」
「皆が皆、レダ様のようにお優しい方ばかりではありませんので。こういうことも覚悟はしていました。ですが、お客様の良し悪しを見抜けなかったことに恥じるばかりですわ」
「アンジェリーナさんが悪いわけじゃないでしょう。酒を飲もうと、素面だろうと、暴力を振るう、その冒険者が悪いんです」
娼館の裏方と育成を担っているアンジェリーナは、客の質を見抜けなかったことを悔いているようだった。
レダが慰めようとするも、声をかければかけるほど落ち込んでしまう。
「話の腰を折って悪いが、怪我人は何人いるんだ?」
「三人ですわ。その……ネクセン様にはとても言いづらいのですが」
「――っ、まさか! う、嘘だと言ってくれ!」
「ネクセン?」
「申し訳ございません。フェイリンも被害に遭ってしまいました」
聞き覚えのない名前だったが、ネクセンは違った。
明確な焦り、不安、怒りを表情に浮かべ、走り出してしまう。
「おい! ネクセン!」
「急ぐぞ、ディクソン! まさかフェイリンがそんなことに……嫌な予感がしていたが、まさか的中するとは!」
「待て、ネクセン! 先走るな! ああ、もう!」
ひとりで走って娼館に急ぐネクセンに置いていかれてしまった。
その気になれば、追いつくことができるが、アンジェリーナを置いていくわけにはいかない。
「すみません。どうやら今以上に急がないといけないようなので、失礼しますね」
「え? ――きゃあっ」
返事を待たずに、アンジェリーナの華奢な身体を抱き抱えると、レダは飛ぶように疾走するのだった。
◆
レダが娼館に着くと、すでにエントランスでネクセンが治療していた。
「フェイリン! 待っていろ、今、怪我を治してやるからな!」
「……ネクセン、ちゃん」
「ああっ、そんな、よくもフェイリンの美しい顔をっ」
動揺しつつもネクセンは、エントランスのソファーに寝かされるひとりの少女に治療をはじめていた。
彼女の顔はひどく腫れて血を流しているものの、レダには見覚えがあった。
以前、娼館でネクセンと鉢合わせた際、一緒にいた子だ。
「あの子はネクセンに任せます。俺は他の患者を」
「こちらですわ」
レダの腕から降りたアンジェリーナが、同じくエントランスのソファーの上に寝かされ、濡らしたタオルで、顔や腕を冷やしている少女たちのもとに案内してくれる。
「……酷いな。よくも、こんな女の子に暴力を。――『回復』」
レダが回復魔法を施すと、顔が腫れた少女たちの傷が癒えていく。
次第に、表情が和らぎ、呼吸も整う。
痛みから解放された少女たちは、自分たちの身体を確かめるように見ると、抱き合い喜んだ。
「軽傷ではなかったので、早くに呼んでもらえてよかったです」
「前回に続き、今回もレダ様のお手をお借りすることになってしまい、申し訳ございませんでした」
「いいえ、俺は治癒士ですから。けが人がいれば、どこにだって飛んでいきますよ」
「頼もしいお言葉ですわ。アムルスに住む人々も、レダ様たちがいらっしゃれば安心でしょう」
ベタ褒めのアンジェリーナに、レダは照れたように頬をかく。
感謝されて嬉しくないわけがない。
患者をひとり治療し、お礼を言われる度に、この町へ貢献できている思いと、住民たちと距離が縮まっていくのを感じる。
だからこそ、ひとつひとつの治療を丁寧に、確実に、やっていこうと思うのだ。
「……不謹慎かもしれませんが、またこうしてレダ様とお会いすることができて嬉しいですわ。あれ以来、お店にきてくれませんもの」
「それは、その、すみません。いろいろと足を運ぶには覚悟が必要なので」
「ふふふ、気軽においでになっていいのですよ」
アンジェリーナはそう言ってくれるが、レダとしてはなかなか難しい。
テックスに娼館に連れてこられてから数日、娘たちの視線が厳しかった。
あと、長女とエルフっ子が獲物を見る目を向けてきたので、気も縮んでしまった。
以来、とてもじゃないが娼館に行こうなんて思わなかったのだ。
(――それに、恥ずかしい話、俺ってへたれだし)
そのくらいの自覚はある。
「レダ様が変わっておられないようでほっとしましたわ」
クスクス、と微笑まれてしまいレダは顔が熱くなってしまった。
話題を変えるように、問う。
「と、ところで、今回の加害者はどうしていますか?」
「――先日、雇った用心棒をしてくださっている冒険者様に対処してもらいました。少々やり過ぎてしまったのですが」
「問題があるようでしたら、一応、そいつも治療できますが」
「――その必要はない」
レダたちの背後から、威圧のある声が届いた。
(この声、どこかで)
聞き覚えのある声に振り返ると、レダは目を見開いた。
「……あんた」
「久しい……ほどではないな、レダ・ディクソン」
「エルザ・ブロムステット」
どうしてここに、と尋ねるほど間抜けではない。
彼女こそが、娼館の用心棒だった。
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