18「急患」①



 愛娘に彼氏がいなと知った翌日。


 レダは浮かれながら診療所で患者たちを治療していた。


 いつもよりも魔力のノリがいい気がするのは、きっときのせいではない。


 診療所はあっという間に閉院時間になった。




「今日も、愛娘たちがご飯を用意してくれているー」


「……上機嫌だね、レダ」




 歌いながら片付けをするレダに、同僚のユーリが声をかけてきた。


 魔法の研究ばかりだったユーリも、診療所で働くようになってだいぶ変わった。


 人との交流も、言葉数も増えた。


 当初、高額請求する治癒士だったユーリを警戒していた住民達とも、すっかり打ち解けている。


 最近では、住民の中に友人もできたそうで、一緒にご飯や遊びにいくこともあるそうだ。




「まあね。仕事も順調。家に帰ればかわいい娘たちがいる。上機嫌にもなるさ」


「ふーん」


「反応薄いなぁ」


「昨日まで、娘に彼氏ができたかもしれないって落ち込んでいたのに、今日はアホみたいに元気なんだね。間違いなく、ミナに彼氏はいなかった。でしょう?」


「うん!」


「ちょっとうざい」




 そう言いながらもユーリは苦笑気味だ。




「おい、ディクソン。いつまでもヘラヘラしていないで、もう閉めるぞ?」


「ああ、お願い」


「まったく。娘に彼氏がいるいないで、落ち込んだり浮かれたり、忙しい奴だな」


「ネクセンだって、娘ができれば同じようになるさ」


「誰がお前みたいになるか!」




 ユーリが変わったように、ネクセンもだいぶ変化があった。


 ネクセンはユーリと違い、回復ギルド関係者が高額請求をしていたわけではなく、ネクセン自身の意志で高額治療をしていた。


 その差は大きく、住民たちは、診療所ができたことを喜ぶと同時に、ネクセンがここで働くことに戸惑いを覚える者も多くいた。


 中には声に出して、反対した住民もいた始末だ。




 それでもネクセンは、くじけることなく診療所で治療を続けた。


 文句も言わず、泣き言も言わず、ただ治癒士として黙々と働いたのだ。


 その結果、彼は住民の信頼を見事に勝ち取った。


 今では、彼を疑う者はいない。


 少々口が悪いが、腕のいい治癒士として住民たちに頼りにされつつあった。


 そんなネクセンがいるからこそ、レダは診療所から離れて往診ができるのだ。




「さ、夕食にしようぜ」


「お腹減った……」


「いつもすまんな。どうもひとりで暮らしていると、仕事終わりに食事の支度をする気力が湧かん」


「お礼ならルナたちに言ってよ」


「――くっ、あの小娘に礼を言わなければならないのか」


「なんでネクセンとルナはそう仲が悪いんだよ……」




 そんな会話をしながら、白衣を脱いで身支度を整える。


 住まいに続く階段に向かう三人。


 その時、




「レダ様! レダ様! いらっしゃいますか!」




 診療所の入り口を叩く音と、レダを呼ぶ声がして、三人は顔を見合わせた。




「急患?」


「わからない、だけど急いでいるみたいだ。はーい! 今行きます! ネクセンもきてくれ」


「ああ」




 急いで入り口の鍵を開けると、声の主はレダが見知った人だった。




「アンジェリーナさん?」




 アムルスの娼館で働くアンジェリーナが、額に汗を濡らして、慌てた表情を浮かべている。


 だが、彼女ひとりで、急患らしき患者は一緒ではない。


 娼館というなにかとトラブルが訪れる職場で働く彼女の焦りように、レダは嫌な予感がした。




「診療時間が終わっているのに、申し訳ございません」


「いえ、いいですよ。急患ですか?」


「はい。どうか治療してもらいたい子が」


「行きましょう」




 アンジェリーナの言葉をすべて聞き終える前に、レダは返事をしていた。


 この町にいる治癒士は三人だけ。


 自分たちに助けを求めてきた人を放っておくという選択肢はレダにはない。




「待て、ディクソン! 娼館で治療するというのなら私も行こう。知り合いがいるので、気になる」


「わかった。じゃあ、一緒に来てくれ」


「感謝する」


「レダ、私はどうすればいい?」


「ユーリは診療所にいてほしい。急患が来たら対応してくれ。ひとりで手に負えなかったら、ルナたちが手伝ってくれるから」


「うん。大丈夫。そっちも気をつけてね」


「ありがとう。じゃあ、あとは頼んだ。行きましょう、アンジェリーナさん」




 アンジェリーナはレダとネクセンに深々と頭を下げた。




「治癒士様がおふたりも来ていただけるのはありがたいですわ。どうかお願いします」


「お任せください」




 レダは、彼女を連れて娼館に急ぐのだった。






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