17「娘の好み」
ルナの母親エルザの来訪という慌ただしい出来事があり、ルナの新しい一面を知ることができた。
その後、患者達を同僚と協力して治療しながら、町の人たちの交流も進めていく。
診療時間を終え、いつもの夕食の席につくレダだったが、彼の最大の試練はここからだった。
「それでね、ミッシェルくんがね」
夕食を囲む食卓で楽しそうに今日の出来事を語ってくれるミナ。
娘の一日を聞くことができてレダも嬉しくある。
ただ、問題もあった。
(さっきから、ミッシェルくん、ミッシェルくんって、その子が彼氏なのかぁああああああああ!?)
ミナの親友である宿屋のメイリンの話で始まった会話も、気づけばミッシェルくんの独壇場だ。
彼が何者なのか怯えるレダは、家族が作ってくれた食事の味もわからないほど緊張していた。
(ま、まさか、言われちゃうのか……ミッシェルくんが彼氏だと、お付き合いしていると?)
気づけば背中に嫌な汗をかいていた。
喉が渇く。
心臓が走ったあとのようにうるさい。
これほど緊張したことはあっただろうか。
いや、ない。
(ていうか、嫌な予感しているのって俺だけ? どうしてみんなニコニコできるんだ!?)
レダ以外はミナの話に耳を傾け、笑顔で相槌を打っている。
ときおり、質問を混ぜながら、みんなで楽しく談笑しながら食事が進む。
だが、レダはそうはいかない。
彼氏ができた疑惑がある娘から、ひとりの少年の名が何度も飛び出すのだ。
冷静ではいられなかった。
(このままでは駄目だ。勇気を出して、ミッシェルくんのことを聞くんだ。レダ・ディクソン。お前ならできる。もしミナの彼氏でも祝福してやればいいじゃないか! そうだ! それが父親ってものだろう!)
自らを必死に叱咤して、震えるてでグラスを掴むと勢いよく水を飲み干した。
「み、ミナさんや」
「おとうさん? どうしたの?」
「も、もしかして、ミッシェルくんはその、なんというか、きっとあれなんじゃないかな?」
あれ、ってなんだよ、と自分の情けなさに泣きたくなる。
彼氏という単語が口から出てくるのを拒絶してしまった。
だが、娘には伝わったのか、ぱぁっと顔を明るくしたミナが大きく頷く。
「あ、おとうさん、わかっちゃったの?」
「わ、わかるとも、わかりますとも。ええ、父親ですから」
にこにこしている娘に対し、レダは胃痛を感じ、冷や汗を流している。
ミナの返答次第では、心が砕けてしまう可能性もあった。
「あのね……ミッシェルくんってメイリンちゃんのことが好きなんだよ」
「――へ?」
まるで予想とは違った娘の言葉に、間の抜けた声が出る。
(ミッシェルくんってメイリンちゃんが好きなの? ミナじゃなくて? どういうこと?)
訳がわからず助けを求めるように、女性陣に視線を向けると、呆れた顔をされた。
「あの、レダ様。ミナちゃんのお話を聞いていましたか?」
「ミッシェルくんがミナの彼氏なんじゃないの?」
「レダったら、なにも聞いてないじゃないの。私たちは、ミナに最近仲のいい男の子がいるのねって話をしてたのよ」
「えっと、その男の子がミッシェルくんでしょ?」
「どうやらメイリンちゃんを好きなミッシェルくんが、親友のミナちゃんにいろいろアドバイスをもらっていたそうですわ」
「え? それって、つまり」
レダの疑問に、ヴァレリーとアストリットが頷いた。
「やれやれ。それを見たケートが勘違いしてしまったようだな。まったく、あの子は早合点がすぎる」
嘆息したのはヒルデガルダだった。
「あれ? じゃあ、ミナに彼氏は?」
「もぉ、おとうさんったら。わたしに彼氏なんてまだはやいよ!」
最大の疑問は、娘本人から否定された。
レダが満面の笑みを浮かべる。
「そ、そっか、そっか! うん。ミナにはまだ彼氏とか早いもんな。うん。まあ、でも、ミナは将来美人になるのは間違いないから、いつか素敵な彼氏を見つけるんだぞ」
「……このおっさん、彼氏がいないとわかるとこの態度って」
呆れた声を出したのはアストリットだ。
しかし、ヴァレリーもヒルデガルダも同じように苦笑いだ。
レダはそんな女性たちの視線など気にせず、上機嫌だった。
少なくとも、今はどこの馬の骨とも知らぬ少年に娘を奪われることがないとわかっただけで上々だ。
「ところでぇ、ミナはどんな子がタイプなのぉ? お姉ちゃん知りたいなぁ」
「こら、ルナ! 余計なことは言わなくてもいいの!」
「私も聞きたいわ。ミナってどんなの子が好きなのかしら」
「ちょっと、アストリット様まで!」
「いいじゃない。せっかくだから、今後のためにいろいろ聞いておきましょう」
ルナとアストリットのせいで、女性陣の興味はミナの異性への好みだった。
こうなると唯一の男であるレダはなかなか会話に参加しづらい。
しかし、
(ミナの好きな男の子のタイプか……父とやとして知っておくべきかもしれないな)
レダも興味がない訳じゃなかった。
ミナはしばらくかわいくもじもすると、ちょっとだけ照れたようにはにかんだ。
「うーん、とね。おとうさんみたいな人がいいな!」
「――ミナ」
この日、レダは初めて男泣きを経験した。
同時に、娘のいる生活が幸せだということを、これでもかというほど噛み締めるのだった。
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