16「それぞれの気持ち」④




 ルナから「もう大丈夫だから、あのおばさんの相手して」と言われたので、娘の部屋から出てリビングに戻ったレダを待っていたのは、消沈したエルザだった。




「ブロムステットさん? どうしましたか?」


「……お前たちの話し声は聞こえていた」


「そうでしたか」


「私は、ルナに必要ないんだな?」




 どうやら、事細かくエルザにルナの発言が聞こえていたようだ。


 が、隠すつもりはない。


 むしろ、娘の気持ちを知ることでエルザに変化が起きてくれることを願う。




「少なくとも、今のルナを否定するあなたのことを、ルナは受け入れないでしょう」


「そ、そんなことはない。本来なら、母親がいることを、会いにきたことを喜んでいいはずだ」


「それがあなたの本心ですか?」


「――わかっている。ルナにはルナの生活がある。私は邪魔なのだろう」


「……あんたって人は」




 レダは苛立ったように髪をかきむしった。


 結局のところ、エルザ・ブロムステットは自分のことしか考えていない。


 ルナに会いにきた、ルナのため、と言いながらすべて自分の願いを叶えようとしていただけだ。


 ルナの気持ちを無視し、ルナの今を否定した。


 そして、今度はルナに自分が邪魔なのだと思い込み、勝手に落ち込んでいる。




(なんて勝手な人だ。まだルナの気持ちを考えようとしていないなんて)




「そうじゃないだろう! あんたはルナのことをなにもわかろうとしていない! 話が聞こえてたんだよな? なら、あの子の気持ちくらいわかるだろう!」


「私にはわからぬ!」


「あんたは血のつながりがすべてだって言っているけど、ルナには、俺たちにはそうじゃないんだよ。ルナには妹がいる。その子のことを少しでも考えたことがないのか?」


「私には……」


「関係ないとは言わせないぞ。ルナの妹はミナっていうんだ。少し気の弱いところがあるけど、優しいとてもいい子だ。そんな妹に、共に育った姉妹なのに、自分だけに母親が会いにきたという負い目を抱いてしまうルナの気持ちくらい考えてやれないのか?」


「わ、私には」


「わかっているよ。どうせ関係ないんだろ。あんたは吐き気がするほど傲慢だ。辛い境遇のせいで、そうあるべきだったのかもしれないが、その傲慢さはルナには毒にしかならない」




 きつい言葉だが言っておかなければならないと思った。


 エルザの考え、行動は、ルナを苦しめる。


 それをエルザは知るべきだ。




「それでも私は、ルナと一緒にいたいんだ!」


「あんたと一緒だとルナが苦しむのがわかっている。俺は父親として、娘に苦しい思いをさせたくない」


「……父親か。お前だって、所詮、他人ではないか。なのに、なぜ、お前が家族で、血の繋がりがある私が他人のように扱われるんだ?」


「あんたが自分のことしか考えていないからだ」


「私はルナのことを――」


「なにも考えていないようにしか、俺には見えない。あんたは、ただ娘を取り戻すことしか考えていない。それは誰の気持ちが優先されているんだ? ルナか? 違うだろ、あんた自身だ。まず、それを考えるべきじゃないのか?」


「ようやく……ようやく見つけた娘なんだぞ!」




 レダの言葉は、エルザに伝わってくれない。




「だからこそ、ルナのことを第一に考えるべきだ。親なら、まず我が子のことが一番じゃないのか?」


「やめろ! まるで私がルナを一番に思っていないような言い方をするな!」


「俺にはそう思うよ」


「――っ、これ以上侮辱するなら」


「暴れたいなら暴れろよ。そして、またルナを傷つけるのか?」


「……ぐ」


「はっきり言う。もう出て行ってくれ。ここは俺たち家族の家であり、町の人たちが傷を癒しにくる診療所だ。あなたのような人には居てほしくない」


「……私は」


「そして、できることなら、もう二度とここにはこないでほしい」




 レダは、エルザにはっきりと告げた。


 最初、なにを言われたのかわからず、ぽかん、としていたエルザだったが、次第に顔が怒りに赤く染まっていく。




「貴様にそんなことを言われる筋合いは」


「俺は父親だ」




 エルザの言葉を遮り、レダは強い口調で言った。




「あんたの言う血の繋がりがなくても、ルナを愛している。家族を心から愛している。もし、あんたが家族を傷つけようというのなら、あんたの事情もなにもしったことじゃない。敵として排除する」


「……いいだろう。その言葉を覚えておこう。せいぜい口先だけではないと信じたいものだ」


「最後に聞かせてくれ」


「なんだ?」


「あんたはルナと家族に戻って何がしたかったんだ?」




 このままエルザを追い出すこのは簡単だ。


 感情的には放り出してしまいたいが、ルナの家族として知っておくべきだと思った。




「――わからない。ただ」


「ただ?」


「居場所がわかってとにかく会いたかった。一緒に笑いたかった。食事をとりたかった。風呂に一緒に入り、ひとつのベッドで抱きしめて眠りたかった」


「それをするのに、俺たちが邪魔だったか? なにか邪魔をしたか?」




 レダの問いかけに、エルザは目を丸くしてから、弱々しく首を横に振った。




「――いや、なにも邪魔などされていない。ただ、私が……そうだ、私がただ、お前に嫉妬しただけだ」


「それがわかったのなら、次に会うときはもっとちゃんとしておくんだ」


「――っ、いいのか・」


「俺だってあんたを殴り飛ばしたいほど腹が立っている。会いにきてほしくないのも本音だ。それでも、あんたはルナの母親だ。それだけは覆らない。なら、俺よりも、ルナのことが一番大事だ。だから、お願いだ」


「…………」


「ルナを傷つけないでくれ」


「ルナを傷つけるつもりなど毛頭ない」


「体の話をしているんじゃない。心の話だ」


「わかっている。今日だって、私はルナを傷つけたかったわけじゃないんだ」


「なら、しばらく頭を冷やしてから、あんたのどんな行動が、選択が、ルナに取って最善なのかを考えてくれ。それがわかったら、また会いにきてやってほしい」




 レダの訴えに、エルザは深く頷いた。




「――わかった。しばし考えることにする。レダ・ディクソン」


「なんだ?」


「その、すまなかった。ルナのことを頼む」


「ああ、俺の大切な娘だからな」




 エルザはレダの返答に満足したのか、去って行った。


 ただ、どことなく悲しげに見えたのは気のせいではないはずだ。


 彼女はなにを思っているのだろう。


 レダにはわからない。


 しかし、次に彼女がルナに会いにきたとき、今日のようなことが起きないことを切に祈るのだった。








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