15「それぞれの気持ち」③



「ねぇ、パパ」


「うん?」


「あたし、あの女嫌い」




 落ち着きをすっかり取り戻したルナは、はっきりと告げた。




「そっか」




 レダはそれだけしか言わなかった。


 突然、現れた母親と仲良くしろとは言えない。


 彼女の態度がもっと別のものだったら、ふたりの仲裁をしたかもしれないが、少なくとも現状ではルナの意思を尊重したい。




「母親なのかもしれないけど、今のあたしを否定す人なんかと仲良くできないし、したくない」


「わかるよ」


「それに――」


「それに?」




 レダの腕の中でルナが口籠る。


 躊躇いを見せていた愛娘は、複雑な表情を浮かべながら、おもむろに口を開いた。




「あたしに母親がいたら、ミナがなんて思うかなって」


「ルナは優しいお姉ちゃんだね」




 ルナを抱きしめる腕に力を込める。


 こんなときでも妹のことを気にかけるルナを愛しく思う。




「あたしとミナはね。幼い頃から、一緒に家の使用人に育てられてきたの」


「うん」




 初めて語られるルナとミナの過去に、レダは耳を傾ける。




「あまり誰かに優しくされた記憶なんてないわぁ。悪い扱いを受けたわけじゃなかったけど……どこか義務的で、嫌だったわ。だから、ミナだけがあたしの心の支えだったの」


「……ルナ」


「母親は違くても、いっつも笑顔を浮かべて、おねえちゃん、おねえちゃんって言ってくれるあの子のことが大好きで、絶対に守ろうって誓ったわ」


「ルナは強い子だね」


「ううん。違う。弱いよ。弱いから、ミナを理由にして強くなろうとしていたの。なのに、そんなあたしに、理由はどうあれ母親が会いにきた。それって、なんかずるくない?」




 ルナはまだ母親を受け入れたわけではない。


 しかし、それでも『自分だけ』という負い目があるようだ。


 気持ちは理解できる。


 レダがもし、ルナの立場だったら同じことを思うはずだ。


 妹想いで優しいルナなら、レダが想像するよりも妹を気遣い、気を揉んでいる可能性がある。




「別にずるくなんてないさ。ミナだって母親はいるだろうし」


「そりゃいるでしょうけど、あたしは知らないもん。物心ついたころ、どこからか連れてこられたのがミナだったからぁ」


「そう、なんだ」




 レダは、一瞬、国王がミナが聖女によく似ていると言っていたことを思い出した。


 だが、今はそのことをルナに伝えるべきではない。


 話を聞く限り、ルナはミナの母親に心当たりがないようだし、レダもあくまで国王が聖女と似ていると言っただけで、確信があるわけではないのだ。




「だから、あたしは、絶対あの女のことを母親として受け入れないから。私たちたちを否定する、あんな女を受け入れたくないもの。それ以上に、ミナの母親が現れる前、あの女がなにをしようとあたしは絶対に受け入れたりしないわぁ」




 レダの腕の中で、ルナが決意を込めて言い放った。




「それがあたしの姉としての意地よ。あの女の都合なんて知らないわぁ。あたしは、今の家族を大事にしたいの。だから、あの女はいらないから。必要なんてない」




 ミナの意思は頑なだった。


 レダも、ルナがそう思うのであればそれでいいと思う。




「……今はそれでいいよ。俺も無理強いするつもりはないからさ」




 これからルナとエルザの関係がどうなっていくのかレダには見当もつかない。


 エルザが態度を変えないのなら、ルナは間違いなく受け入れないだろう。


 仮に、エルザがルナに歩み寄り、考えを改めたとしても、受け入れられるとは限らない。


 ルナはミナを心から愛している。


 ゆえに、自分にだけ母親がいて、会いにきたという事実を決して受け入れない。




(前途多難だ)




 エルザのことはどうでもいい。


 彼女は大人だ。自分の行動がどのような結果を招くことになるのか責任を取るべきだ。


 しかし、ルナは違う。


 ルナがあとで後悔するようなことにはなってほしくない。


 父親としての心からの願いだった。




「ねえ、パパ」


「うん?」


「もっと、ぎゅってして」


「はいはい、お姫様」




 愛娘のお願いを受け、レダは腕に力を込めた。




「うむ、苦しゅうない――ふふふっ」




 いつも通りのルナに戻りつつあることに安堵しながら、彼女が満足するまでずっと抱きしめ続けるのだった。






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