14「それぞれの気持ち」②



 レダはルナの部屋の扉を小さくノックした。


 返事はすぐにあった。




「……入ってもいいよ」




 娘の許可を得て、レダは部屋の中へと入る。


 泣いてこそいなかったが、ベッドの上に座るルナの目元は赤い。




「ルナ、具合はどう?」


「ふふっ、パパったら。別にあたし病気じゃないし」




 クスクスと笑うルナに、レダは安堵を覚えた。


 涙を流し、部屋に飛び込んだルナが落ち着きを取り戻しているとわかっただけでほっとする。




「そうだけどさ……ごめん。俺、こういうこと初めてで、どうしていいのかわからなかったんだ。不甲斐ない父親でごめん」


「ううん。パパはいつも通りのパパでいてくれればそれでいいの」


「今回ばかりは、それじゃだ駄目な気がするよ」


「そんなことないわよぉ。ねえ、パパ、隣に座って?」




 ルナの要望通りに彼女の隣に腰を降ろした。


 すると、ルナは自分の頭をレダの肩に預けるようにもたれ掛かる。




「ルナ」


「なぁに」


「もっと泣いていいんだよ」


「え?」


「我慢する必要なんてないんだ。悲しいときは悲しいって言っていいんだし、腹が立つときはもっと怒ってもいいんだ」




 ルナの顔を覗き込むレダの言葉に、娘の顔がふにゃり、と歪む。




「パパぁ」




 胸の中に飛び込んできたルナを、レダは優しく受け止めて抱きしめた。




「あの女ぁ、あたしたちを偽物の家族だって」


「文句を言っておいたよ」


「あたしたちは、確かに血の繋がりはないけどぉ……それでも、本当の家族だもん。家族なんだもん!」


「もちろんだ。俺たちは、誰がなんて言おうと、家族だ。これからもずっと、いつまでも、絶対に変わることはないよ」




 ルナを抱きしめる腕に力を込める。


 レダは、自分たちのことを家族だとはっきり言ってくれるルナに感謝した。


 心のどこかで、実の母親が現れたルナが、自分たちから離れてしまうんじゃないかと怖かったのだ。




 ルナのことを思うと、実母と一緒にいたほうが、あとあとを考えると幸せになれるのかもしれない。


 だが、レダはルナを手放したくなかった。


 家族でいたかった。


 幸せになら自分だってできるはずだ。




 そんな欲深い感情を胸に抱きながら、レダはルナが落ち着くまで彼女の抱きしめ、背を撫で続けた。


 しばらくすると、鼻をすする音と共にルナが顔をあげる。


 彼女の目元にはうっすらと涙の跡が残っていた。




「も、もういいから……ていうか、こんなの、あたしらしくなかったわね。ちょっと恥ずかしいんですけど」




 泣き止んだルナは、少し腫らした目元を細めて照れ臭そうに笑った。




「いつもと違うルナを見ることができて嬉しかったよ。それに、少し安心したよ。ルナはいつも大人びていて手もかからなかったから」


「子供っぽい一面が見れてよかった?」


「そうだね。子供扱いされたくはないんだろうけど、ちょっとほっとした」


「ふふっ、パパったら、大人びたあたしも、子供っぽいあたしのことも独占したいなんて、とってもわがままなんだからぁ」


「はいはい、そうだね」




 いつものペースに戻ってきたルナの頭を優しく撫でると、彼女は頬を膨らませてしまった。




「ぶー、いつもみたいに慌ててよぉ。ふふ、でも、そうね、実を言うと、こうやってパパに甘えてみたかったの」


「いつでも甘えてくれてよかったのに」


「普段だって、甘えているわよぉ。あたしなりに、だけど。あたしはお姉ちゃんだもん。弱いところを見せたくなかったの」


「そんな強がりなところも好きだよ」


「――っ、パパったら不意打ちで好きって言うのやめてよ! 顔が、ふにゃってなるじゃないっ!」




 ルナは慌てたように頬を押さえて顔を隠してしまう。




「ブサイクになっちゃうから、油断させないで」


「どんな顔をしていてもルナはかわいいよ」


「もう! 今日のパパったら、積極的すぎるんですけどぉ。普段もこのくらいならいいのにぃ!」




 そう言いながら、ルナは子猫が甘えるように、レダの胸に頭を擦り付け、腕を背に回す。


 娘に求められたレダは、同じようにルナの身体を再び抱きしめた。


 ルナの体温と、甘い香りが伝ってくる。


 彼女がここにいるのだとはっきり感じ取ることができ、レダは安心した。








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