12「エルザ・ブロムステット」③
「わかったよ。それで、続きを」
「私はその後、開放されるよりも早く、同胞たちによって救出されたが、ルナまで助けることができなかった。私が歯向かった結果、ルナに危害が加えられる可能性があったんで、手出しできなかったのだ。助けることができなかったことは済まないと思っている」
「べつにぃ」
「だが、決して自分可愛さにルナを見捨てたわけではないことをわかってほしい」
「だから、そんなことどうでもいいんですけどぉ。それでぇ、今になってわざわざ放っておいたあたしに会いにきた理由はなに?」
ルナの態度はやはり素っ気無いままだ。
エルザの話し方も、どこか固い。
これではふたりの距離が縮まることはないとレダは感じた。
「私はずっと別の国で冒険者をしていた。かつての私の同じような境遇の人間を救い、悪を狩っていたのだ」
「ふーん。それはご立派ねぇ」
「常にルナのことを想っていた。それだけは本当だ。しかし、逃げ出した手前、ウインザード王国にいるのは危険だったのだ」
「そんなこと別に聞いてないですけどぉ。どうして、あたしに会いにきたのかって聞いてるんですぅ」
「……ある日、お前が売られてしまったという話をとある情報屋から聞き、すぐにウインザード王国に戻った。しかし、ロナンは借金のせいで姿を消しており見つからず、お前の行方は掴めない。だが、先日、ようやくロナンを見つけたが、結果はかわらなかった」
「あの男と会ったんだ?」
「ああ、両手両足を砕いてやった。ついでに、なぜか私に自分の容姿のほうが整っていると突っかかてきた醜い女のほうはその自慢の顔を切り裂いておいた」
「ざまーみろって感じ? 女が誰だかしらないけどぉ、あの男の四肢を砕いたのが本当なら最高よ!」
レダは額を抑え、天を仰ぐ。
エルザがしたことは、貴族に対する傷害だ。
間違いなく、罪に問われるだろう。
(恨みがあるのはわかるけど、なんてことをしてくれたんだ)
「ルナの行方が絶望的になっていたとき、お前がこの町にいるという情報が再び私のもとに届いたのだ」
「それで、あたしに会いにきたってわけね」
「そうだ。他人と家族ごっこをしていると聞かされ、救わなければと思ったのだ」
「――なんですって……あたしは、家族ごっこなんてしてない!」
「なにを言っている? 私という血を分けた母親だけがお前の家族だ。そこにいる男も、お前の周りには偽物の家族しかいないではないか」
「ふざけるな! あたしの家族は、本当の家族だ! パパも、ミナも、ヒルデも、ヴァレリーも、アストリットも! みんな大切な家族だ!」
「ルナ、やめなさい。落ち着くんだ」
レダもエルザの物言いに腹が立つ。
エルザは本気で自分以外を偽物の家族だと思っている。
なにを言っても無駄だと感じた。
しかし、ルナは止まらない。
「なによ、あんた! 急に現れて母親を名乗ったと思ったら、今度はあたしの大事な家族を偽物呼ばわりして!」
「実際、偽物ではないか。血の繋がりがあるのは、この私だけだ。この男ではない!」
「パパはあたしが辛い時に救ってくれたわ! あたしのかわいい妹のことも幸せにしてくれた! 家族として、たくさん愛してくれて、私に誰かを愛することを教えてくれたのよ! それのどこが偽物だっていうの!?」
一度叫び始めたルナは止まらない。
娘の心の中に秘めた想いを聞き、レダも止めようとは思わなかった。
「血が大切? でも、あたしは実の父親に売られたわ! あんただって、口ではどうこう言っているけど、自分の都合通りにならないから文句垂れてるだけじゃない!」
「違う! 私は、ただ、本当の家族と一緒にるべきだと言いたいだけだ!」
「――はっ。あんたのどこか、あたしの本当の家族なのよ? 血の繋がり? そんなの誰が証明するの? あたしは、母親がいたことも知らなかったし、名前だって知らなかった。あたしからすれば、あんたのほうが偽物よ!」
気づけば、ルナは涙を流して頬を濡らしていた。
よほど家族を偽物扱いされたのが悔しかったのだろう。
ルナがここまで感情的になっているのは、レダも初めて見る。
「ルナ、もういい。もういいんだ。やめよう。これ以上は、ルナが傷つくだけだ」
「パパ……そうね、そうよね。こんな女、もうどうでもいいわ。母親だというから、少しくらい話を聞いてあげようと思ったあたしがバカだったのよ。あんたなんてどうだっていい! さっさとこの家から、この町から、あたしの前から消えてよっ!」
ルナはそう言い放つと、涙を拭い、自室へ駆け込んでしまった。
レダは彼女にむかって手を伸ばし掛けるが、力なくおろしてしまった。
ルナを抱きしめ、慰めてあげたい。胸の中で、気が済むまで泣かせてあげたい。
だけど、その前に、目の前の女に文句のひとつでも言わなければ気が済まなかった。
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