11「エルザ・ブロムステット」②



「私はエルザ・ブロムステット。見てわかるだろうが、砂漠の民だ」




 砂漠の民、という部族名をレダは知っていた。




「南大陸の部族だよね」


「そうだ。私は数ある砂漠の民のひとつの集落を纏めていた長の娘だった……いや、それはどうでもいい。私は、ルナの母親だ。それ以上でも、以下でもない」


「だーかーらー、さっきも言ったけど、あたしに母親はいませーん。わかったぁ、おばさん?」


「……ルナ」




 あくまでルナの母親だというスタンスを崩さないエルザに対し、ルナの反応は冷たいものだった。


 ルナを注意しようと思ったレダだったが、デリケートな問題であることと、娘の気持ちが頑なになってしまうことを避けるため、開きかけた口を閉じることにした。




「ていうか、あんたこそ、あたしの名前を気安く呼ばないでくれない?」




 レダに対しエルザが言い放った言葉を、ルナが真似した。


 すると、エルザの表情がわかりやすく強張った。




「こら、ルナ」


「だって、こいつ、パパに」




 さすがに見過ごせなかったレダが咎めるように娘の名を呼ぶも、ルナは頬を膨らませて抗議するだけ。




「俺のことはいいから。まず話を聞こう。感情的になってもいいことなんてないんだから。いいね?」


「……うん」


「よし、いい子だ。じゃあ、ブロムステットさん、続きをどうぞ。その砂漠の民であるあなたが、どうしてウインザード王国に?」




 レダの問いかけに、エルザは答えたくなかったのか言葉を詰まらせて睨む。


 しかし、ここで黙っていればルナとの関係が改善はもちろん、進むことがないことがわかっていたのだろう。


 静かに口を開いた。




「奴隷商人に捕らえられ、この国の貴族に売り払われたのだ」


「――それは」




 想像していなかったエルザの答えにレダが言葉を失う。


 ルナもまた、エルザの境遇に驚いているようだった。




「同情など要らぬ。私は、ただ事実を語っているだけだ。貴様に同情されても、憐まれても、腹が立つだけで過去が変わることはない」


「そう、ですね。では、続きを」




 レダは同情しなかった。


 エルザの言葉通りだと思ったからだ。


 レダが優先すべきことは、彼女を哀れむことではない、事実を知ることなのだから。




「私をかったのは、この国貴族だ。名を、ロナン・ピアーズ子爵だ」


「――っ」




 レダはその名前を知っていた。


 ルナとミナの父親の名前だった。




「私はロナンの奴隷にされ、数年も凌辱を受けた。そして、ルナ、お前を孕んだのだ」


「あ、そう」




 エルザの口から語られた出生の秘密に対して、ルナの反応は実に素っ気無いものだった。


 そんな娘の態度が逆に心配になってしまう。




「……ルナ、大丈夫か? もし、嫌なら、俺だけで話を聞いても」


「あのねぇ、パパ。あたしだって子供じゃないの。あの人間のクズが、あたしとミナを借金のカタで売り払うような人間が、まともなわけないじゃない。むしろ、予想していたよりもマシなほうよぉ」


「だからって」


「こんな話を聞かされて、パパは優しいから辛いわよね。でも、あたしは大丈夫よ、だって、パパがいるもん」


「ルナ」




 娘の言う通り、聞くに耐えられなかったのはレダのほうだった。


 あまりにも酷すぎる内容に、話を中断したくなったほどだ。




「――続きを話そう。私は妊娠し、出産した。しかし、なにを思ったのか、ルナは私から取り上げられ、ピアーズ家の人間として育てられた。私は以後、会うことはもちろん、様子を伺うことさえ禁じられてしまった」




 当時のことを思い出したのか、辛そうにエルザが己の唇を噛んだ。




「口約束ではあったが、出産後、子供と一緒に解放されるはずだった。理由は、単に私に飽きたからだと言っていたが、それでも信じた。一抹の希望に縋ったのだ。だが、敵わなかった」




 レダはどう声を掛けるべきなのか悩んだ。


 過去のこととはいえ、エルザがされた仕打ちはあまりにも酷すぎる。




「あとで知ったことだが、砂漠の民は高額で売買されるらしい。おそらく、ルナが成長したら売るつもりだったのだろう」


「――っ! ブロムステットさん!」


「なんだ?」


「あなたの境遇には心から同情するけど、いちいちルナが傷つくようなことを言わなければ、話を進められないのか?」


「私は事実を語っているだけだ」


「それでも、母親を名乗るなら、ルナが傷つくかどうかを考えられないのか!」


「パパ、やめて!」


「ルナ、だけど!」


「いいの、別に、気にもなんないし。ていうか、実際、売られたし」




 怒りに任せて立ち上がっていたレダは、冷静な娘を見て、頭を冷やし、腰を降ろした。


 だが、腹も立っている。


 事実だろうが、わざわざルナに知らなくてもいいことを言う必要があるのか、と思ってしまうのだ。




 レダは自分が甘いという自覚がある。


 甘いとわかっていても、不必要に大切な家族に傷ついて欲しくなかった。








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