10「エルザ・ブロムステット」①
ルナを落ち着かせたレダは、倒れたままの女の手足を縛り、診療所に連れて帰った。
途中、「あ、手が滑っちゃったぁ」とルナが、女をわざと落とす場面もあったため、なかなか手間取りはしたが、なんとか帰宅できた。
幸いというべきか、町の人たちからは患者を運んでいると好意的に見られていた。
おそらく、手足を縛っていることがわからなかったのだろう。
「おかえりなさいませ、レダ様。ルナちゃん」
レダたちを出迎えてくれたのはエプロン姿で診療所を手伝ってくれているヴァレリーだ。
「遅かったですわね。ルナちゃんが心配になって迎えに行ったんですよ。あら、そちらの方は……誘拐ですか?」
「違います!」
酷い誤解を受けたので強めに否定しておく。
誘拐と勘違いされてしまうのも理解できないわけではないが、どちらかというと被害者はレダたちだ。
女はルナの母親を名乗ったものの、襲撃者だ。
こちらの安全を確保しなければ、運ぶことも怖かった。
ルナなどは自警団に引き渡せと言ったが、女のいう通り本当に彼女がルナの母ならそれは後味が悪い。
結局、自宅に連れて帰る以外の選択肢がなかったのだ。
「……ルナちゃんのお母様が、まさか、そんな」
事情をヴァレリーに説明すると、彼女は驚き口元に手を当てた。
ルナの様子を伺うような視線を送るも、当の本人は平然とした様子だ。
それが強がりなのか、それとも本当に平気なのかは、レダたちにはわからなかった。
「すみませんが、診療所のほうをお願いしてもいいですか? 俺は、この人からいろいろ聞かないといけないことがあるので」
「わかりました。幸い、今日は患者様も少ないですので、わたくしたちにお任せください」
「ありがとうございます」
ヴァレリーに礼を言い、レダは女性を背負うと二階へ続く階段を登った。
「ぶーっ。こんなおばさんをあたしたちの家に入れるなんてぇ」
「万が一を考えたら診療所に置いてけないだろう?」
「外に寝転がしておけばいいじゃない」
「それはちょっと、人としてどうかと思うんだけど」
「白昼堂々訳のわからないことを言って襲ってくるほうが、人としてどうかと思うんですけどぉ」
「それはそうだけどさ。一応、ルナのお母さんかもしれないんだし」
「あたしに母親はいないからぁ」
いつも通りの口調ではあったが、その声音はどこか硬いように感じた。
女が母親であることを受け入れるつもりはないようだ。
レダも、まだ半信半疑なので、真偽をはっきりさせたいと思っている。
そのために連れてきたと言っても過言ではない。
もしかすると、今の家族の形が壊れてしまう可能性があるのだ。
ルナにとって、実の母親が現れることがいいことになるのか、悪いことになるのか、レダにはまだ判断しかねていた。
「もう上げちゃったから我慢するけど、このおばさんがまたおいたしないように椅子に手足を縛り付けておきましょ」
レダが女を椅子に座らせると、手際良くルナが手足を縛っていく。
少々やりすぎな気がしないでもないが、再びここで戦うことになると思えば目を瞑ることにした。
しばらくすると、女がみじろぎして目を開いた。
「う、うう……こ、ここは、どこだ?」
「目が覚めたみたいだね。ここは、俺たちの家だ」
「パパとあたしの愛の巣よ!」
ルナの余計な一言に、目覚めたばかりの女に睨まれてしまった。
「ルナ、やめて」
「はーい」
「じゃあ、まず、あなたの名前を聞いておこうかな?」
「変態に明かす名前などない」
手足を椅子に縛り付けられた女が、再びレダを睨む。
彼女はなんとか拘束から抜け出そうと身をよじるも、ルナが厳重に縛っていたので無理だろう。
「名乗りたくないなら無理して名乗らせるつもりはないけど、それだど、あなたはルナに自分の名前も名乗らず、母親と言っているだけの不審者でしかないけど?」
「……エルザだ。エルザ・ブロムステットだ」
「じゃあ、ブロムステットさん」
「気安く私の家名を呼ぶな。汚れる」
「……あのね、話が進まないんだけど。正直言わせてもらうと、襲撃されて、変態扱いされて、怒ってもいるんだ。自警団に突き出されて牢屋に入りたくなかったら、ちゃんと話してもらうよ」
牢屋、という単語を出すと、女は顔を青くする。
捕まりたくはないようだ。
「あなたがルナの母親を名乗るのなら、説明義務がある。わかるよね?」
「……ああ、わかった」
渋々とだが、レダの言わんことを理解したのか、女は頷いた。
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