9「襲撃者とその驚くべき正体」③




「ああっ、もうっ! どうしてこんなことになったんだ! いい加減にしろ、ふたりとも!」




 剣戟を続けるルナとルナの母親を名乗る女の間に、レダは怒声を上げて割り込んだ。


 斬られる、という心配はしていなかった。


 ルナの技量を信じているし、そのルナと互角以上に打ち合っている女の実力もかなりのものだとわかっていた。


 レダの予想通り、ふたりはぴたりと手を止めた。




「なにをしている!」


「パパっ! 危ないじゃない!」




 避難の声をあげるふたりをレダが睨む。




「ルナ、やめるんだ」


「でも」


「頼むから、やめてくれ」


「……パパがそう言うならぁ」




 渋々、短剣を収めてくれたルナに、レダは安堵すると、続いて女を強く睨んだ。




「貴様……どういうつもりだ?」


「それはこっちの台詞だ。あなたこそどういうつもりだ!」


「なんだと?」


「もし、あなたが本当にルナの母親だと言うのなら――娘に武器を向けるんじゃねえよ!」




 レダは許せなかった。


 ルナの母親を名乗るくせに、躊躇なくその娘にサーベルを向けた女をとてもじゃないが、母親として認められなかった。


 親は子供を守るべきだ。


 ときには怒り、叱り、躾だって必要なこともあるだろう。


 だからといって、得物を向ける必要などないし、絶対にありえてはならない。




「娘を傷つけようとするのが、母親と名乗る人間のすることか!」


「……貴様っ」


「だったら、俺は絶対にルナをお前に渡さない。この命にかけて守ってみせる!」


「……パパ」




 レダは娘を庇うように女に怒声を放った。


 しかし、レダの怒りを受けるも、女に反省の様子はない。


 むしろ、彼女の表情に怒りが浮かぶ。




「言ってくれるではないか。私が、好きで娘に剣を向けたと思っているのか? 貴様のような変態から取り戻すために、仕方がなくだ! それを、まさか、説教されるとは――こんな侮辱は初めてだ!」




 射抜かんとばかりに睨んだ女が、レダにサーベルを向けた。




「パパ!」


「大丈夫、たいした問題はないよ」


「言ったな! その減らず口を閉じてやろう!」




 女が激昂し、サーベルを構え向かってくる。


 レダは慌てることなく、ルナを背にしたまま拳を握り、構えた。




「愚かな! 拳ひとつでなにになるというのだ!」


「そっちがね――ウインドフィスト」




 レダが短い詠唱をした刹那、突進してきた女を横から風の塊が襲った。




「――ぐあぁっっ!?」




 身体をくの字にして吹き飛んだ女は、地面に何度もバウンドしながら転がっていく。




「……卑怯、な」




 おそらく女は真正面から拳で立ち向かうと思ったのだろう。


 しかし、そんな馬鹿なことをするつもりはない。


 そう思わせるために構えをとっただけであり、レダは最初から魔法で攻撃するつもりだったのだ。




 戦いにおいて卑怯もなにもない。


 引っかかった女が悪いのだ。


 なによりもルナを連れ去ろうとしている女にレダは負けてはならないのだ。


 どんなことをしてでも勝利しなければならなかった。




「悪いけど、あなたがルナの母親だったとしても、大切な俺のルナに剣を向けたことだけは許せない」


「……おの、れ」




 女は倒れたまま執念深くレダを睨んでいたのだが、限界に達したのだろう。


 意識を失い、完全に地面に伏してしまった。




「――ふう。本当にこの人がルナのお母さんなのか話からにけど、とりあえずもう暴れないように縛って……ルナ? ルナ? おーい、どうしたの?」




 協力して女を拘束しようとしたレダだったが、ルナから反応がないので顔の前で手を振り声をかける。


 彼女はどうか、ぽーっ、として頬を赤らめていた。


 なにごとかとレダが首を傾げると、少女は頬に手を当ててくねくねし始める。




「る、ルナ?」


「もう……パパったら、大切な俺のルナなんて言って……子宮がきゅんきゅんんしちゃうんですけどぉ!」




 潤んだ瞳を向けられ、レダはギョッとした。




「あ、あのね、今はまじめなところだから」


「あたしだって大真面目よぉ! 決めたわぁ、今夜は子作りよ!」


「しないか! どうしてこの状況で、ルナは平常運転なんだよ!」


「パパがあたしのことをときめかせるのが悪いんだからね! 責任とって孕ませてちょうだいぃ!」


「こら! やめなさい、あ、変なところ触らないの! こら! やめてぇぇえええええええ!」




 襲撃者を放置して、発情してしまったルナとの攻防を始め出したレダ。


 いつもよりも過激に迫ってくるルナに抵抗しつつも、ふと思う。




(もしかしたら急に母親が現れた不安を隠すためにこんなことを――あ、違う、目がマジだ。油断したら食われるぅぅぅぅぅううううう!)




 意外と力が強い娘がズボンに手を伸ばしてくるのを必死に阻止しながら、ある意味いつも通りのルナでいてくれることに安堵を覚えるのだった。






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