8「襲撃者とその驚くべき正体」②



 女の言葉は、ルナはもちろん、レダも大きく目を見開き、驚愕させた。




「今……あんた、なんて言ったの?」


「私も娘、と言ったのだ」


「あたしに母親なんていないわ」




 震えるルナの口から放たれたのは、女の言葉を信じられないという拒絶だった。




「私がお前の母親だ。ルナは私が腹を痛め生んだ子だ」


「嘘」


「嘘ではない」


「嘘よ!」


「目を背けるな、ルナ」




 大きな声で否定するルナに、女は諭すような声で静かに告げた。




「私をちゃんと見てくれ。肌の色、髪の色、顔つき、すべてが似ているではないか」


「そ、それだけで、母親なんて……」




 女が言葉を紡ぐ度に、ルナの動揺が大きくなっていく。


 声と体が小刻みに震え、怯えているようにも感じられた。


 レデは、少女の肩に背後から手を置く。




「……パパ」


「ルナ、俺も驚いているけど、気をしっかりしよう」


「う、うん」




 そう言いながらもレダも同様は隠せない。




(ルナに似ていると思っていたけど、まさか母親だなんて。だけど、どうして今になって現れたんだ?)




 女は母親を名乗るだけあり、ルナを成長させたような外見だった。


 やや目や雰囲気に険しいものがあるが、それでもよく似ていた。




(ミナに関してもそうだけど、ルナの母親に関しても俺はなにも知らない)




 レダが以前、商人の伝手を伝ってルナとミナのことを調べたとき、ピアーズ子爵が父親だと言うことはわかっていた。


 その男も、怒りが湧くほど屑であり、調べられた情報だけでも侮蔑に値する人間だった。


 よくもルナとミナといういい子が、ピアーズ子爵のような男から生まれたものだと感心さえした覚えがある。


 しかし、母親については一切不明だった。




(前はそんなに気にしていなかったけど……まさか、こうして目の前に現れるなんて)




 先日、国王ヒューゴ・ホレス・ウインザードからミナが聖女に似ていると言われ、驚いたばかりだった。


 それに続き、今度はミナの産みの親が現れるなど、誰が予想しただろうか。




「ルナ」


「気安くあたしの名前を呼ばないで。一度言ってもわからないようだから、もう一度言ってあげる。あたしに母親はいないわ! 家族はミナとパパたちだけだもん!」




(この人が母親って確証は……ない。姿が似ているだけで、判断していいのか迷うけど、ルナに拒絶させていいのか? 本当に血のつながりのある家族だったら、あとでルナが傷つかないか?)




 レダは、すぐに判断できなかった。


 せめてもっと友好的に会いにきてくれれば話し合うこともできたというのに、ルナの母親を名乗る女は攻撃的で、高圧的だった。




「聞き分けのない娘だ。ならば無理やりにでも連れていく。その変態から引き離せば、目も覚めるだろう」


「はぁ? 変態って誰? まさか、パパのこと言ってんの!?」


「他に誰がいる? 縁もゆかりもなく、血の繋がりさえない他人の子を育てているのは、そういう趣味があるのだろう? そうでなければ、そんな偽善的なことなどできない」


「事実無根だ! 俺は変態じゃない!」




 悩んでいたレダだったが、さすがに否定しなければならないと声を荒らげた。




「パパとあたしはそんな歪んだ関係じゃないわよ! 真実の愛で結ばれているの!」


「――なんだと?」




 ルナの発言で女の顔色が変わる。


 どこか驚いたような、それでいて怒りを灯したような、そんな表情となった。




「あなたがどこの誰だかしらないけど、あたしとパパの愛の日々を邪魔をするなら――殺してやる」


「ほう、いい殺気だ。だが、哀れでもある。その変態に偽りの愛情を刷り込まれているのだな」


「あたしの愛を、偽りとか言うなっ!」




 ついに我慢の限界が訪れたルナが、ナイフを構えて疾走する。




「ルナ!」




 女は落ち着き、腰からサーベルを抜くと、ルナのナイフとぶつかり火花を散らす。




「今、母がお前を救ってやろう」


「――黙れ!」




 ナイフとサーベルを振るいながら、激突するふたりの攻防はレダが止める間もなく始まってしまった。








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