65「姉を思う弟」③
「というわけで、姉上のことをよろしくお願いしますね。できれば甥と姪をふたりずつが好ましいです。そして、将来、私の子供と結婚させましょう。そうすれば、姉上と私はずっと家族です……うへへ」
「いい話をしてくれていたのに、台無しだなぁ」
将来を妄想し、端正な顔をだらしなくするウェルハルトにレダが苦笑する。
どこまでもこの王子様は姉のことが大好きらしい。
「はははは。私は幼い頃からずっと姉上至上主義ですからね。国王になるのだって、姉上をお守りするためと言っても過言ではありませんよ」
胸を張るウェルハルト。
姉好きもここまで突き抜けていると、ある意味すごい。
「とはいえ、姉上とレダ殿のお気持ちも、まだまだ未成熟であるでしょう。追い追い、おふたりで時間を作っていただければと思います」
「えー、はい、善処します」
「今は、そのお答えで満足しておきましょう。あまり無理強いしてしまい、拗れてしまったらもとも子もありませんからね」
ウェルハルトはレダにそっと手を差し出した。
「それではレダ殿」
「はい」
レダは王子の手を握りしめる。
「姉上のことをよろしくお願いします」
握手したまま深々と頭を下げるウェルハルトに、レダは真摯に答えるべく告げた。
「お任せください」
レダの答えに満足したウェルハルトは、
「いつか義兄上とお呼びできる日を楽しみにしています」
そう言い残して、王都に戻っていた。
ウェルハルトの乗る馬車が見えなくなるまで見送っていたレダの隣には、アストリットの姿がある。
「あの子ったら、好き勝手なこと言っちゃって」
「アストリット様、聞いていたんですか?」
「え、ええ、まあ、どんな話をしているのか気になっちゃってね。ちなみに、ヴァレリー、ルナ、ヒルデ、ミナ、ナオミもこっそり聞いていたわよ」
「みんなかぁ」
ウェルハルトとの話に集中していたので、家族たちが聞き耳を立てていることに気付けなかったことに、苦笑いしてしまう。
「ルナは、パパはあたしのものだぁ、って、いつも通りだったけどね。ふふふ」
「……ルナらしくてなによりです」
「本人はレダを問い詰めたくて突貫しようとしていたけど、私がレダと話をしたかったから遠慮してもらったわ」
「俺と話を、ですか?」
「ええ、あのね、レダ」
どこか言葉を探すような悩む仕草をするアストリット。
彼女はしばらく口を閉じると、ゆっくり口を開いた。
「私は、まだ誰かと結婚なんて考えられないの。ずっと目が見えなくて、あのまま死んでいくと思っていたから、未来なんてないと思っていたの」
「……アストリット様が苦しんでいたことは存じているつもりです」
「でも、あなたのおかげで光を取り戻して、みんなと同じ人生が送れそうよ、本当にありがとう」
「どういたしまして」
何度も繰り返されてきたアストリットからの感謝の言葉。
彼女はなにかある度に、過去を振り返り、レダに礼を言う。
不要だ、と最初は言っていたが、アストリットにとって目の見えない日々は地獄のようなものだったのだ。
そこから救われた彼女の感謝の念は、レダには推し量れない。
「――正直に言っちゃうと、あなたのことは好きよ」
「え?」
「私を抱きしめてくれた力強さ、励ましてくれた暖かさと優しさ、うん、好意を抱いていると言えるわ」
「そ、それは、その、光栄です」
「ふふふ、でもね、それ以上にレダは私の恩人なの。レダがいるから、今の私がいるわ。愛情よりも、感謝の気持ちがどうしても強くなってしまうのよ」
不意打ちな告白に、心臓を跳ねさせたレダであったが、続くアストリットの言葉に納得できた。
「私ね、レダのことが好きよ。でも、お母様のことも、ミナのことも、ルナも、ヒルデも、ナオミも、ヴァレリーも、みんなのことが大好きなの。きっと、アムルスまでわざわざ来てくれたお父様やウェルのことも」
「はい」
「だから、時間をちょうだい。今の時間を大切にさせて。今は、そうね……友達ね」
「友達……いいですね、友達」
「うふふ、そうでしょう? じゃあ、これからもよろしくね、レダ」
「こちらこそ、よろしくお願いします、アストリット様」
ウェルハルトの希望には答えられないかもしれないが、今はこれでいいとレダは思った。
アストリットが差し出した手を握りしめ、ふたりで微笑み合う。
同時に、想う。
アストリットがそうしてくれたように、自分もウェルハルトの助言通りに、女性たちと誠実に向き合おう、と。
この日、レダはアストリットと友人となり、想いを寄せてくれる人たちのことを今まで以上に考えることになるのだった。
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