64「姉を想う弟」②
「……ウェルハルト様のアストリット様を想うお気持ちはわかりますが」
「レダ殿が、ヴァレリー殿をはじめ、女性たちに想いを寄せられていることは存じています。ですが、幸いこの国では妻を何人娶っても構いません」
「それはそうですが、それでいいんですか?」
アストリットをとても大事に思っているウェルハルトが、複数いる妻のひとりにすることに抵抗がないのだろうか、と気になる。
だが、彼は「問題ありません」と言った。
「ヴァレリー殿と、あと私の推測では御息女のルナ殿もでしょうね。実の姉妹のように仲がいいのなら構わないでしょう。あとはレダ殿が結婚後にうまくやってくだされば」
「……それが一番大きな問題のような気がしますが」
「もちろん、私がレダ殿のお気持ちを無視して話をしていることは承知しています。ですが、少しでも姉上に好意を抱いてくださっているのなら、結婚という選択肢もあることをお考えください」
「失礼を承知で申し上げますが」
「お聞きします」
レダは言うべきかどうか迷ったが、姉だけではなく周囲のことまで考えてくれているウェルハルトに正直に告げることにした。
「俺にはその、好意を抱いてくださる人たちがいることは嬉しく想うのですが、今の関係が心地よくて誰かを選ぶことができません。だからといって、みんなを受け入れてしまうのはなんだか不誠実な気がして」
それはレダがずっと秘めていたことだった。
レダも鈍感ではない。
ルナをはじめ、ヒルデガルダやヴァレリーが想いを寄せてくれていることくらいわかっている。
しかし、誰かを選べば今の心地いい関係が崩れてしまうようで怖い。
だからといって、みんなを受け入れてしまうのは分不相応というのもあるが、ひとりひとりに誠実ではないような気もしていた。
もともとレダは器用な人間ではない。
それは恋愛面でも同じなのだ。
そんなレダに、三人と同時に関係を進めていく、なんてことはできそうもなかった。
「ふむ。レダ殿は、愛情をひとりに注がなければと思うのですか?」
「えっと、そうではなく、いえ、そうかもしれません」
「はっきり言わせていただくと、あまり難しく考えることはないかと思います」
「なぜですか?」
「私にも婚約者がいますが、ひとりではなくふたりいます。ですが、不誠実には思いません。王族の義務というのもありますが、私自身がしっかり相手と向き合っているからです。これが私の独りよがりなら問題でしょうが、相手も納得しているので問題だと思いません」
「それはウェルハルト様が王族だからではないでしょうか?」
「いいえ、貴族でも商人でも冒険者でも同じです。きちんと相手と向き合うことができるのなら、不誠実にはなりません。それはレダ殿も同じですよ」
「俺にも、ですか?」
レダの不安は残ったままだ。
ルナたちを大切に思うからこそ、誠実でありたいと思っている。
同時に、彼女たちの気持ちをいつまでこのままにしておいていいものかとも悩んでいるのだ。
レダの躊躇いは、今までまともな恋愛経験がないということもあるが、慕ってくれる女性たちとの年齢差や立場も、一歩踏み出せない要因だった。
「想いを抱いてくださる女性たちとレダ殿はちゃんと向き合おうとしているように思えます。ならば、女性側がそれでいいと言ってくださればいいのではないでしょうか」
「そうでしょうか?」
「要は、みんな幸せにしてしまえばいいのですよ。レダ殿なら、できると信じています」
「……そんな俺は」
「失礼ながら、お話を伺うにレダ殿はご自身に自信がないのですね。年下の私が、こんなことを言うのは憚られますが――貴方は治癒士としてはもちろん、人としても高潔で優しい素晴らしい男性です。どうぞ、ご自身にもっと自信を持ってください」
ウェルハルトは優しく微笑んだ。
「貴方が今までしてきたことで救われた方もたくさんいるでしょう。これから救う人たちもたくさんいるでしょう。ならばもっと胸を張ってください。貴方は、アムルスが誇る治癒士レダ・ディクソンなのですから!」
王子の激励に、レダは感謝し、頭を深く下げるのだった。
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