63「姉を想う弟」①
レダたちが昼食を終える頃、姉弟の会話を終えて、一階にアストリットとウェルハルトが降りてきた。
足音に気づき、出迎えに向かったレダにウェルハルトが声をかける。
「ディクソン殿、少しいいでしょうか?」
「もちろんです」
「ありがとう。では、姉上」
「ええ、今日は訪ねてくれてありがとう。見送りはしないわ、湿っぽくなるのは嫌だもの」
「はい。またお会いできる日を楽しみにしています」
アストリットはウェルハルトを抱きしめ、感謝の気持ちを伝えると、診療所の奥へ行ってしまう。
「あれ? アストリット様?」
「いいのです、レダ殿。もう姉上とは十分話しましたから。私は、これから王都に戻ります」
「急ですね。アムルスに滞在しないのですか?」
「ローデンヴァルト辺境伯に気を使わせてしまうのも望みませんし、父上に見つかる前に帰らないと叱られてしまいますから」
「そうですか……無事のご帰還をお祈りしています」
「ありがとうございます」
「それで、その、俺に話があるんでしょうか?」
「はい。実を言うと、姉上抜きでディクソン殿とお話ししたかったのです。よろしいですか?」
「もちろんです。どうか俺のことはレダとお呼びください」
今さらだが、王族に畏って名を呼ばれるのに抵抗があった。
ウェルハルトは小さく笑うと、了承するように頷いてくれる。
「では、レダ殿、と。まず、貴方に心から感謝します。姉上を苦しみからお救いくださった。私にはついにできなかったことです」
そう言うと、深々と頭を下げるウェルハルト。
レダは、彼の感謝を受け入れた上で、顔を上げてもらう。
「お気持ちを受け取ります。ですが、もうすでに国王様、キャロライン様、そしてなによりもアストリット様にお礼を言っていただきましたので、ウェルハルト様にまで頭を下げられてしまうと困ってしまいます」
「それでは私の気がすみません。感謝の気持ちとして、金銭と宝石、王都での屋敷を準備しているのですが」
「結構です! いえ、本当に、遠慮とかではなくて、俺は治癒士としてすべきことをしただけです。こんな言い方をすると、ご不快かもしれませんが、アストリット様でも、別の方でも、俺は変わらず治療するだけです」
レダははっきりそう告げた。
アストリットが王女だから治療をしたわけではない。
レダが治癒士である以上、誰だって平等に治療する。
そんなレダに、ウェルハルトは嫌な顔をしなかった。
「素晴らしいお考えです。民から治療費といって大金を搾取する治癒士たちに聞かせてやりたいものです」
レダはつい苦笑してしまった。
当たり前のことしか言っていないのに褒められてしまうと困る。
逆にそれだけ王都でも治癒士の態度はよくないのだろう。
「そんな貴方だからこそ、姉上をお任せしたいと思う気持ちがあります」
「それは」
「とても残念ではありますが、私では姉上を娶ることはできません」
至極残念そうに肩を落とすウェルハルトに、レダは若干引く。
「それは、はい、まあ、そうでしょうね」
「私以外に姉上を幸せにできる男はレダ殿しかいないと思っています」
「大袈裟な気がします。それに、ほら、俺は平民ですから釣り合いというものが」
「だからこそいいのですよ」
「え?」
レダは困惑してしまった。
王女の相手が平民だからいいというウェルハルトの真意がわからなかったのだ。
「姉上は王位継承権を放棄すると伺っていいますが、同じく王族であることを放棄して自由に生きてほしいと願っています」
「ウェルハルト様、それはどういう?」
「王位継承権をただ放棄しても、王族という立場からは逃れられません。王族も貴族にもしがらみはあるのです。姉上は、キャロライン様の庇護下で長年療養していましたから、一般的な王族貴族の女性とは違います。その証拠に、診療所を進んで手伝い、民と笑顔で触れ合っています。同じ年頃の貴族の女性に同じことをしろと言えば、嫌な顔をするでしょう」
「かもしれませんね」
アストリットは本当によく働いてくれる。
それは貴族の子女であるヴァレリーも同じだが、ふたりとも本当に民に寄り添い、優しく、親切だ。
同じくローデンヴァルト夫人も民と隔てなく接してくれるが、彼女たちのような貴族は稀だということくらいレダにもわかる。
「そんな姉上だからこそ、いずれしがらみに囚われ望まない結婚をする前に、恩人であり、心優しいレダ殿と一緒になることが一番ではないかと思うのです」
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