62「ウェルハルトの提案」③
レダは、姉弟の時間を作ろうと、仕事に戻ることにした。
とはいえ、すでに昼休みの休憩中だ。
一階からは昼食のいい匂いがする。
ウェルハルトたちの話に集中していたが、その間に昼食の支度を済ませたルナが運んだようだ。
「あら、パパぁ? あの王子様はどうしたのぉ?」
「アストリット様と一緒にいるよ。久しぶりに会ったみたいだし、気をきかせようと思ってね」
「ふーん」
待合室で出迎えてくれたのはルナだった。
彼女はかわいらしい笑みを浮かべているのだが、なぜかレダには怖く見えてしまう。
「る、ルナ?」
「ところでぇ、アストリットとパパが結婚ってどういうことかしらぁ?」
「あ、やっぱり聞いていたんだ」
「もちろんよぉ。パパのことはなんでもしっておかないと、娘として妻として失格じゃないのぉ。で、パパはどうするつもりなの?」
彼女がどことなく不機嫌な理由がはっきりした。
前々から好意を隠そうとしないルナだ。
たとえ王女でも、自分を差し置いて、結婚するなどは許せないのだろう。
「結婚はしないよ」
娘を安心させるためにレダははっきりと告げ、彼女の頭を優しく撫でた。
「あら、どうしてぇ?」
「アストリット様がどうこうじゃなくて、俺自身の問題なんだ」
「パパの?」
「俺が身を固めるのはもう少し後になるかな。ミナが、成人して、いい人を見つけて、無事に送り出すまでは結婚とか考えることはできないかなって思うんだ」
それは、今まで口にしたことのないレダの本心だった。
娘がふたり、家族もいるのだ。
レダは自分だけが幸せになろうとは思わない。
すでに幸せだというのもあるが、まずは大切な娘から幸せになってほしい。
それが親心だ。
「あら、あたしのことは言わないのねぇ。というか、ミナと同じ扱いをしたら怒ってたけどぉ」
「そう思ったから言わなかったんだよ」
「ふぅん。パパの割にはいい判断よぉ」
「そりゃどうも」
ルナの想いを知っているため、レダはあえて彼女をミナと同じように扱わなかった。
それはきっと侮辱になるし、傷つけると思ったからだ。
(ルナのことは大切だし、愛しく思う。でも、まだ、時間がかかるかな)
口に出すことはしなかったが、ルナの好意は嬉しく思っている。
さえないおっさんのどこがいいのかわからないが、これほど真っ直ぐに想われて嫌なはずがない。
「一応言っておくけどぉ、ミナは気にしないと思うわよ。それこそ、パパが自分のことを蔑ろにしたら、ミナが怒るわぁ」
「かもしれないね。でも、今は、まだ難しいよ。ミナと出会い、ルナ、ヒルデとも出会って、みんなで家族なって……今はその時間がとても大切なんだ」
「ふふっ、パパらしわ。あ、でも、ひとつだけぇ」
にんまり、とルナが微笑む。
「あたしが奥さんになればぁ、家族としての輪は壊れないわよぉ」
「……うん。肝に命じておくよ」
「よろしい。あたしはいい女だから、パパのことずっと待っていてあげる」
ルナはそう言うと、レダに近づき背伸びをすると、そっと頬に口づけをする。
そして、小悪魔めいた笑みを浮かべるのだ。
「ま、ヴァレリーは嫁遅れになるかもしれないけど、あたしは若いから余裕よぉ」
「ちょっ、それ絶対本人の前で言っちゃ駄目だからね! あと、別にヴァレリー様は全然若いから!」
「あたしよりはおばさんじゃないのぉ」
「だーかーらー、そういうこと言ったら駄目でしょ!」
ヴァレリーが聞いていたら激怒しそうなことを平然と言う愛娘を捕まえると、手を繋ぐ。
「パパ、大好きよ」
「俺も大好きだよ」
娘として、家族として、そして――。
いつかレダの答えが出るまで、この心地のよい関係は続いていく。
そんな気がした。
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