61「ウェルハルトの提案」②



 間の抜けた声を出してしまったレダに、ウェルハルトが感心したように肯いた。




「即答とは恐れ入りました。本来なら、私が姉上の夫になりたいところですが、姉上をお救いくださったレダ殿ならお任せできます」


「ち、違います! 今の、はい、は疑問であって、受け入れたわけではなくてですね」


「姉上が不満だというのかぁああああああああああああああああああああ!?」




 今まで礼儀正しく温厚だったウェルハルトが、血走った目を見開き、立ち上がって絶叫する。




「やだ、この王子様、怖い」




 突然すぎる変貌に、心臓を跳ねさせて怯えるレダ。




「ウェル、静かにしなさい。迷惑よ」


「は! 失礼しました!」




 姉に窘められたウェルハルトは、「失礼しました」とレダに頭を下げてから、椅子に戻る。




「というか、どういうつもりでレダと結婚なんて……確かにレダはいい男だし、優しいし、恩人だけど、ちょっとまだ早いというか、時間が必要じゃないかしら」


「ふむ。つまり、姉上は時間があればよろしいと」


「ち、違うわよ。ほら、それにヴァレリーだっているし」


「ヴァレリー・ローデンヴァルト殿ですね。もちろん、覚えています。彼女がディクソン殿をお慕いしているのなら、ふたりとも嫁になればいいのでは?」




 なんてことないようにウェルハルトが言うものの、顔を真っ赤にしてアストリットが反対した。




「だ、駄目よ! 他にも、ルナやヒルデもレダのことを……それにミナからお父さんを奪えないわ」


「ふむ。では、みんなで仲良くご結婚を」


「しないわよ! どうしてそうなるのよ!」


「ふう。姉上は難しいですね。好きになった方と一緒になるのが一番だと思いましたが」


「す、好きとかそんなんじゃないわ! あ、レダが嫌じゃなくてね。私、いい歳して恥ずかしいけど……恋愛とかわからないの。前の婚約者がオランドみたいな男だったし」




 弟が突然言い出した『結婚』に戸惑いを見せ、いろいろ反論するアストリットだが、レダのことは嫌いではないようだ。


 だが、やはり、オランドのことを引きずっているようだ。




(あまり不用意に言葉を発することができない! というか、どうしてウェルハルト様は俺とアストリット様を結婚させたいんだ?)




 レダとしては、アストリットとはよい関係を築いていきたいと思っている。


 身分の差はあるものの、よき友人である。


 彼女は、診療所を手伝ってくれて、食事も一緒に取ることが多い、娘のミナも実の姉が嫉妬するほど懐いている。


 だが、そんな彼女といざ結婚となると、話が変わってくる。




 もちろん、レダがアストリットのことが嫌なのではない。


 アストリットは長い間、酷い怪我のせいで誰とも接せず孤独な日々を送っていた。


 しかし、今は違う。


 怪我が癒え、視力を取り戻した。


 出会ったばかりの癇癪を起こしていた彼女は、もういない。


 ならば、今までを取り戻すように、多くのことを経験してほしい。




 たくさん笑って、ときには怒って、喧嘩だってしてもいい。


 十代から辛い日々を送っていた彼女の人生はこれからなのだ。


 それを助けることはもちろんだが、邪魔をする気はもうとうないのだ。




「ウェルハルト様、失礼ですが、なぜアストリット様を俺と結婚させようなんて」


「そうよ! どうして今、結婚とかそういう話が出るのよ!」


「いいえ、今だからこそ、この話をするのです」


「え?」




 アストリットは、戸惑った顔をする。


 対して、ウェルハルトは至極真面目な顔をして話を続けた。




「現在、姉上がご回復したことは、一部の人間しか知りません。もし、姉上の美しいお姿が取り戻されたとしれてしまえば、オランドのような愚かな人間が現れるかもしれません。ならば、早く身を固めてしまったほうがよろしいかと勝手ながら思いました」


「……私を心配してくれていたのね」


「もちろんです。私は、姉上が誰かに利用される姿など見たくありません。ディクソン殿なら、そういった心配はないと思ったのです」


「……ウェル」




 ウェルハルトの突然すぎる結婚話には理由がちゃんとあった。


 レダとしても、彼が焦っているのも理解できる。


 オランドのような前例がある以上、いつ、また次の欲望に塗れた人間が現れるかわかったものではない。




「とはいえ、急ぎすぎましたね。もう少し時間はあると思いますし、擦り寄ってくる輩は私が排除しますので、ご安心ください」


「ありがとう、ウェル。なんてお礼を言えばいいのかしら」


「そんなお礼なんて! 私は、姉上のためなら、命を捧げることも躊躇いません!」


「……弟の愛が重いわ」








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