60「ウェルハルトの提案」①
ひとりの王族の末路を聞かされたレダは、唖然として硬直していた。
そんなレダに気づき、ウェルハルトが苦笑する。
「すみません。ディクソン殿にはつまらないお話でしたね」
「いえ、そんなことは」
「王族の話など噂話でおもしろおかしく聞いておくのが一番なのですが、ディクソン殿にはご迷惑をおかけしているので、知っておいていただこうかと思いまして」
「それは構いません。ところで、結局のところ、アストリット様はもう安全と考えていいんですか?」
レダの問いにウェルハルトが首肯した。
「はい。姉上を害そうとする脅威はもうありません。私の兄弟ももちろん、姉上のご兄弟もそんなことは微塵も考えていません。ですから、もう王都に戻っても大丈夫ですよ」
アストリットは弟の言葉に、安堵しつつも、不安が見え隠れしていた。
「でも、私が勝手にそんなことを決められないわ」
「……そうでしたね。申し訳ありません。キャロライン様と父上がお決めになったアムルスでの滞在ですし、姉上の今のお顔を見ていれば、この町の生活が心地いいこともわかります」
「そうね。王都で暮らした二十年よりも、ここ数週間のほうが幸せよ」
「姉上の幸せが一番です、と申し上げたいのですが、一度王都にお帰りになるべきです」
「どうして?」
「姉上を狙う脅威がなくなったことはもちろんですが、父上とキャロライン様のご関係も以前の比ではないほどよくなっています。私の調べによりますと、夜な夜な励んでおられるので、兄弟ができる日も近いかと」
「あのね、親のそういうことは聞きたくないんだけど!」
「おっと、失礼しました。そんな感じで、ご夫婦中も改善され、脅威も消えました。姉上が王都に戻っても、王位に興味がないのですから火種にもなりません」
もともと王女として政治活動を行なっていなかったアストリットが、王都に戻ったところで大した影響力はないのだろう。
アストリット自身も、それを承知しているのは弟の言葉を肯定するように頷く。
「そうね。今さら、私を担ごうとする人間もいないでしょうしね」
「いえ、いるにはいましたよ。ただ、その辺りの人間はすでにキャロライン様がお潰しになりました」
「……私、お母様に守られてばかりね」
「仕方がありません。姉上は事情が事情でしたし、私だってすべて自分でなんでもしているわけではありません。助けてくれる方がいるのならお願いすることも必要なことです」
「そう、かもね。それで、私が王都に戻ってどうすればいいというの?」
アストリットの言わんとしていることはわかる。
今さら王都で、彼女にすることなどないのだ。
すでに次期国王はウェルハルトに決まっている。
せいぜい、王位継承権を正式に放棄するための書類にサインするくらいしか、アストリットにはやることはない。
むしろ、嫌な思い出が多い王都に戻ることは、彼女にとって苦痛なのかもしれない。
「あまり気が乗られないようですが、まずキャロライン様にお顔を見せて安心させてあげるべきですよ」
「――そうね」
「それから身の振り方を、アムルスに戻って考えるでもよろしいでしょう」
ウェルハルトの言うことに、アストリットは反対しなかった。
母キャロラインとは目の治療をしてからずっと会っていない。
王都の母からの手紙は連日届いているが、顔を合わせることはしていないのだ。
弟の言うように、一度元気な顔を見せたほうがいいだろう。
(国王様から、アストリット様のことを聞いていると思うけど、やっぱり親なら子供の顔はちゃんと自分の目で見たよな)
まだ新米の父親のレダではあるが、キャロラインのように子供が遠く離れていたら心配にもなるし、顔だって見たくなるに違いない。
アストリットたちを狙う脅威がなくなったのなら、親子三人の時間だって取ることはできるはずだ。
(アストリット様とキャロライン様が早く再会できるといいな)
そんなことを考えているレダに、
「ときに、ディクソン殿」
「はい」
ウェルハルトが声をかける。
なか自分に話すことがあるのかと姿勢を正したレダに、
「姉上をめとるつもりはありませんか?」
「はい?」
とんでもない提案をするのだった。
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