59「弟の来訪」④
「――っ、まさかお母様がついに!?」
弟の死を伝えられたアストリットが、口を押さえて驚愕する。
自分のことを長年守り、愛してくれた母なら、やりそうだと思ったのだ。
しかし、ウェルハルトは慌てて訂正する。
「あ、いえ、違います。紛らわしい言い方でしたね、すみません」
「え? じゃあ、お母様が出を下したわけじゃないのね?」
「はい。キャロライン様はマイヤと戦ってこそいましたが、ベルロールになにもしていません。あいつは、不摂生が祟り死んだだけです」
「……どういうこと?」
弟の言葉をいまいち理解できないアストリットが困惑しつつも尋ねた。
「姉上はご存知ないかと思いますが、私とベルロールは王位を巡り争っていました」
「そのくらいなら、私の耳に入っていたわ」
「私は騎士を中心に、ベルロールは男爵家や子爵家などの後継者を中心に味方を作り、それぞれの力を蓄えていたのです」
長男ではあるが次期国王候補でしかなかったウェルハルトも、苦手ながら政治活動をしていた。
補佐してくれる貴族の手を借り、弟ベルロールとは違う勢力を味方にしていくことで、勢力を増やそうとしていたのだ。
それはベルロールも同じで、母マイラの実家を中心に支援を受けて活動していた。
他の兄弟は、まだ年齢が十代ということや、本人たちが王位に興味がない理由から王位争いには関わっていない。
実質、ウェルハルトとベルロールの一騎打ちだった。
「私は騎士団員のひとりとして、訓練を重ね、モンスター討伐に参加することで騎士団に関係する人間の信頼を勝ち取っていきました。ベルロールは、パーティー三昧でしたが、まあ、十代、二十代の後継たちを取り込むには良い判断でしょう。私も、騎士たちをねぎらうときは、簡単なものでしたがパーティーを開いていました」
「ウェルたちがそれぞれ王位を目指しているのはわかったけど、結局、どうしてベルロールは死んでしまったの?」
「飲み過ぎです」
「え?」
アストリットは耳を疑った。
彼女の隣で話を聞いていたレダも同様だ。
そろって口を開けて、ぽかん、としている。
「わ、悪いけど、もう一度言ってくれる?」
「ですから、ベルロールは飲み過ぎで死にました」
「……そんな馬鹿なことって」
「ベルロールの奴は、手下を増やし、いい気になっていたのでしょう。毎夜毎夜、パーティー三昧。女性関係もだらしなかったと聞いています。ハメを外して、浴びるように酒を飲んで、体を壊していることに気づかず、そのまま死にました」
「……なんてことなの」
「婚約者がいるにもかかわらず、とある伯爵家の令嬢と一夜を共にした翌朝、吐瀉物を喉に詰まらせて亡くなっているところを、その令嬢は発見したそうです」
その令嬢も大変だっただろうと、レダは同情した。
仮にも王族が同じ部屋で亡くなったのだ。
発見者とはいえ、いろいろ取り調べを受けただろう。
一夜の火遊びだったのか、それとも本気だったのかまでは不明だが、大事になったに違いない。
「ベルロールがそんなことになってしまって、マイラ様はどうしているの?」
「もちろん、キャロライン様や私に、息子を殺されたと騒ぎ立てましたが、本当に勝手に死んでしまったので、なにもしていないのです」
「でも、それじゃあ収まりがつかなかったでしょう?」
「それはもう酷い癇癪でした。キャロライン様に掴みかかろうとしましたからね」
「お母様は無事なの?」
「ええ、近衛兵も近くにいましたのでお怪我などはありません。キャロライン様も驚いていらっしゃいましたよ。敵対していたとはいえ、まさか酒に溺れて死ぬとは予想できなかったでしょう」
母の無事に、アストリットは安堵の息を吐いた。
「その後ですが、ベルロールという神輿を失った以上、他に子供がいないマイラに従う人間はあっと言う間にいなくなり、もう争う力などありません。なによりも、争う気力もないでしょう」
「どういうこと?」
「マイラは、ひとり息子を失ったこと、次期国王の母として君臨できなかったことがよほどショックだったようで、気を病んでしまいました」
「……そう」
「すでにご実家に引き取られていますが、一度暴れだすと手がつけられないため、拘束され、幽閉されています」
意外すぎる、母と自分の敵の末路に、アストリットは目を白黒させるしかなかった。
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