エピローグ「夏のお祭り」
後日、ウインザード王国の王都では、第二王子ベルロール・ウインザードの国葬が行われた。
ベルロールの死により、次期国王が第一王子ウェルハルトだと国王から名指しで指名されて決まったものの、訃報の後に祝事をするわけにはいかず、民たちへの発表は後日となった。
しかし、貴族たちはもちろん、民たちにもウェルハルトがいずれヒューゴを継ぎ王になるのは周知の事実となっていた。
反対する声はない。
もともと民のために騎士団員として戦い、ときには城下町で人助けをしていたウェルハルトを悪く思う民は少なかった。
悪感情を持っているのは、ベルロールに与し、甘い汁を吸おうとしていた貴族や商人たちくらいのものだ。
ベルロールの派閥にいた貴族の一部は、アストリットとキャロラインに危害を与えた罪で粛清されていた。
死刑にされた者から、家を取り潰された者たちまでいる。
無論、関わった者たちの親類縁者にも罰が与えられた。
ベルロールとその取り巻きたちに従った騎士やメイド、商人も処罰対象だった。
王位争いだろうとなんだろうと、王族に手を出すという一線を越えてしまった者がどのような末路を辿るのかの見せしめもあっただろう。
これにより、ベルロール側にいた者たちは、いつ自分たちの番が訪れるのかと恐怖した。
キャロラインやウェルハルトに恭順を示す者もいたが、取りあわれることはなかった。
アストリットの元婚約者であるオランドの末路が知れ渡っているため、ふたりと敵対してしまった貴族の大半が、引退する形で二度と関わらないことを示した。
それでも許されたわけではないので、いつ自分たちが粛清対象になるのか怯えながら余生を過ごすことになるだろう。
※
「王都ではいろいろあったみたいだなぁ」
レダは、診療所の診察室で、王妃キャロライン・ウインザードから届いた手紙を読み終え、そう呟いた。
王妃からの手紙には、王女アストリットのことへの感謝から始まり、国王ヒューゴと関係が改善されたことも書かれていた。
それにより、後日、アストリットを迎えに来るともあった。
「おとうさん……アストお姉ちゃん、王都に帰っちゃうの?」
アイスコーヒーをお盆に乗せて部屋に入ってきたミナが、不安そうな顔をしていた。
ミナは聡い子だ。おそらくレダの表情から手紙の内容を察したのだろう。
「そうだね」
「さびしくなるね。行かないで、ほしいな」
普段、聞き分けのいいミナが、ついそう言ってしまうほど、アストリットとの仲はよかった。
アストリット自身、血の繋がった妹がいるようだが、彼女の境遇ゆえ特別親しいわけではないらしい。
そのせいか、ミナをかわいがってくれている。
「きっとアストリット様は戻ってくるよ」
「……そうかな?」
「そうさ」
レダはミナを安心させるよう、頭を撫でる。
キャロラインの手紙には、アストリットの今後のことは決まっていないとあった。
一度、王都に戻ることは決定しているものの、その後、彼女がアムルスに戻ってくるのも、王都に止まるのも、本人次第だ。
しかし、すでにアストリットは、ウェルハルトの訪問時にしばらくアムルスで生活したいと言っていた。
ならば、時間がかかっても戻ってくるだろう。
「あ、そうだ! おとうさん、そろそろ行かなきゃ!」
ミナが大きな声を出すと、レダも思い出した。
今日は、アムルスの町で行われる夏のお祭りだ。
聞けば、秋の収穫を祈るお祭りらしく、アムルスが始まったときから続けられていると聞く。
住民たちはみんな楽しみにしており、それはレダたちも同様だ。
今日ばかりは診療所を閉め、みんなでお祭りに向かうことになっている。
ミナもずっと楽しみにしていたのだ。
「そうだったね。じゃあ、行こうか」
「うん!」
キャロラインからの手紙を机にしまうと、レダは立ち上がり、ミナと手を繋ぐ。
診療所を出ると、家族たちが出迎えてくれた。
「もうパパったら、ずっと待ってたんですけどぉ!」
いつもよりおめかしをしたルナが、ちょっと不機嫌そうな顔をしている。
だが、どこかウキウキとしているのが隠せていない。
普段から大人びた言動をし、先日成人したルナであるが、まだ子供らしさを残していることに、レダはつい頬を緩めてしまう。
「ごめん、ごめん、この埋め合わせはお祭りでするからさ」
「もう! 約束だからねぇ!」
そう言って、空いている腕にルナが腕を絡めてくる。
「遅かったな、レダ。私はお腹が空いたから我慢できなかったぞ」
「もう先に飲んでいるのだ!」
やはり普段と違うお洒落な服に身を包んだヒルデガルダとナオミが、それぞれ食べ物とお酒を手にしていた。
家族たちが笑顔で出迎えてくれるので、レダとミナも自然と笑顔になる。
「レダ様、あとでお兄様たちも合流するそうですわ」
「ほら、レダ! 早くいきましょう! 私、こんな賑やかな催しに参加するのは初めてよ!」
ヴァレリーとアストリットもお祭りを楽しそうにしていた。
とくにアストリットは今までお祭りの類に参加したことはないようで、初体験に心を踊らせているようだった。
「ほら、ディクソン。ビールだ、飲め飲め!」
「うぇーい」
すでにジョッキ片手にご機嫌なのは、ネクセンとユーリだ。
いつも忙しいふたりも、今日ばかりは羽を伸ばしてもらいたいと思う。
ネクセンからジョッキを受け取り、少し緩くなっているビールをレダは喉に流し込んだ。
「ぷはっ、うまい!」
「もう、おとうさん!」
「パパったら、娘のエスコートよりまずお酒なのかしらぁ!」
「レダ! まだまだ食べるぞ!」
「私もお酒をお代わりなのだ!」
「ふふふ、レダ様ったら」
「いいわね、私ものもうかしら」
ビールの誘惑に勝てなかったレダに、女性陣の反応はそれぞれだった。
(今日ばかりは楽しもう)
残念ながら、テックスは有志を募って屋台で一稼ぎするらしく、一緒に見て回ることはできないが、あとで彼の屋台にいくことを約束している。
リッグス親子も稼ぎどきなので忙しいらしい。
ティーダたちローデンヴァルト辺境伯家族も、町の代表者たちと打ち合わせをしたあと合流予定だ。
(家族がいて、友人がいて、今日は楽しくなりそうだ)
レダも家族たちと同じように心を躍らせる。
両脇に娘たち、周囲には大切な家族と友人がいてくれる自分は間違いなく幸せだろう。
「さ、行こう。今日はおもいっきり楽しもう!」
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