57「弟の来訪」②



「あれぇ? パパ、まだお仕事中じゃないのぉ?」




 レダたちを住まいで出迎えてくれたのは、昼食の準備をしていたルナだった。


 宿屋の店主リッグスから料理を教わったルナたちは、こうしてよく食事を作ってくれる。


 レダも料理はできるが、愛娘たちが作ってくれると言うのだから甘えていた。


 昼食は、家族だけではなく、ユーリやネクセンたちの分も用意してくれるので忙しそうだ。


 彼女は台所で手際よく料理をしていた手を止めて、レダを不思議そうに見る。




「あ、ルナ。料理中に悪いけど、冷たい飲み物をもらえるかな。ウェルハルト様がいらしたんだ」


「……それって、第一王子の名前じゃ……フットワークの軽い王族ねぇ」


「しぃっ!」


「うふふっ、ごめんなさぁい」




 ルナの呟きがウェルハルトの耳に届いていないか冷や冷やしながら、レダは彼らに椅子に座ってもらう。


 するとすぐにルナがアイスティーを人数分用意してくれた。




「突然の訪問にもかかわらず、もてなしてくださり感謝します」


「うゎぁ、王子様スマイル……いいぇ、どういたしましてぇ。……パパのほうが素敵ね」




 王子のお礼に笑顔で返しながら、ルナは昼食の支度に戻っていく。


 ウェルハルトはアイスティーを口に含むと、一息つき、アストリットに視線を向けた。




「こうして姉上と同じ空間にいられるだけで、夏の暑さなど感じなくなるというものです」




 よくわからないことをいいながら、アイスティーを味わうウェルハルトに、レダとアストリットが困惑した表情で顔を見合わせる。


 ふたりもアイスティーで喉の渇きを癒した。




「こほん。それで、わざわざ王都からどんな用事があって来たのかしら?」


「父上から聞きました。まさか、あのお堅い父上が、お忍びで姉上に会いにこちらに伺っていたとは……羨ましかったので、私も同じことをしようかと」


「待って。まさか、私に会いに来ただけと言うの?」


「はい!」


「……ちょっとごめんなさい。正直、戸惑っているわ。私たちって、そんなに仲がよかったかしら?」




 アストリットは少々困り顔だ。


 どうやら彼女の記憶では、ウェルハルトとそこまで親しいわけではないらしい。


 部外者のレダは、ただ見守っていることしかできず、話の展開を待つ。




「……疑問に思われるのも無理はありません。幼少期の頃はさておき、姉上がお怪我を負ってからは疎遠になっていましたからね」


「つまり、私の傷が癒えたから、また仲良くしましょうってこと?」


「誤解です! そうではありません!」 私は、姉上が伏せっている間も、ずっと案じておりました! お見舞いだって行ったのですが、会わせてもらえず」


「どうかしら」


「信じてくださらないのですか?」


「そう易々とあなたのことを信じられるほど、私の頭はお花畑ではないわよ」




 弟の言葉は、アストリットに少々都合よく聞こえてしまったようだ。


 長年怪我で苦しみ、先日は元婚約者に酷い態度を取られたこともあり、ウェルハルトのことを受け入れ難いようだった。




(無理もないよな。この間の、元婚約者があんなんだったんだから、急に現れた弟に警戒するなってほうが難しいよ)




「姉上がお辛い思いをしていたことは存じています。あの愚かなオランドが再び姉上を傷つけたことも――」


「その話はやめて」


「申し訳ございません。しかし、私はずっと姉上をお慕いしていました。それこそ、姉上を私のお嫁さんにしたいくらいです!」


「……えぇぇ」




(――えぇえええええ!?)




 アストリットは、突然すぎる弟のカミングアウトに引いていた。


 心なしか、距離を取ろうとしているようにも見える。


 レダも、整った容姿をうっすらと赤く染めてているウェルハルトに引いてしまった。




「――うわ、きも」




 料理をしながら聞き耳を立てていたルナからも、正直な呟きが漏れる。




「この私の熱い想いを信じていてだけないのなら――死にます」




 がたん、と椅子を蹴って立ち上がったウェルハルトは、腰に差していた短剣を引き抜き、鋒を自らの胸に向けた。






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