56「弟の来訪」①



 ウインザード王国国王ヒューゴ・ホレス・ウインザードが王都に戻ってから一週間が経った。


 季節は夏本番。




 白衣を腕まくりしたレダ・ディクソンは、変わらず治癒師として精力的に働いている。


 愛娘のミナは学校へ通う日々であり、ルナとヒルデガルダは診療所を手伝ってくれている。


 領主の妹であるヴァレリー・ローンデンヴァルトと、アムルスに滞在するウインザード王国第一王女であるアストリット・ウインザードも診療所に顔を出しては、手伝いをし、ときには患者と談笑して交流していた。




 国王の訪問、アストリットの元婚約者の襲来などの大事がなく平穏な日々が続いていた。


 そんなある日。




「レダ、お客さんが来ているのだ」




 ウインザード王国が誇る勇者ナオミ・ダニエルズが、レダのもとに顔を出して来客を知らせてくれた。


 彼女は魔王を倒した勇者であると同時に、強すぎるゆえに対等な相手がいなく、孤独だった。


 紆余曲折あり、レダと戦い、一緒に生活するようになったが、今ではすっかり大事な家族の一員だ。




 ナオミは冒険者登録をして、アムルスのために周囲のモンスターや魔獣を狩る日々を送っている。


 今日のように、仕事がない日は診療所の手伝いもしてくれる実にいい子である。




「お客さん? 誰かな?」




 患者以外の来客予定がないので、首を傾げるレダ。




「ウェルハルトがレダとアストリットに会いたいって言っているのだ」


「ウェルハルトって誰……って、まさか第一王子のウェルハルト様!?」


「そうなのだ!」


「ちょ、なんで」




 国王に続き、第一王子がどうしてアムルスに、しかも自分を訪ねてくるのだと、頭を抱えたくなる。




「今、ウェルハルトと言ったわよね? あの子がアムルスに来ているの? どうしてかしら」


「会ってみればわかると思うのだ」


「それで、ナオミ、そのウェルハルト様はどこにいるんだ?」


「診療所の中に入ってきたら邪魔そうだったので、外で待たせているのだ!」




 いいことをした、とばかりに胸を張るナオミにアストリットは苦笑を漏らすが、レダの顔は真っ青だ。


 仮にも、王子になんてことをするんだ、と絶句してしまう。




「ユーリ、ネクセン! 悪いけど、ちょっと患者さんたちをお願い! 俺は、ちょっと王子様を出迎えてくる!」


「うん。いってらっしゃーい」


「……お前も大変だな。ここは任せて早く行け」


「ありがとう!」




 レダは椅子から立ち上がると、早足で診療所の外に向かった。




「ウェルハルト様! 外でお待たせしてしまい、申し訳ございません。俺が、レダ・ディクソンです!」




 診療所の外では、しっかりとした造りの前で待つひとりの青年を見つけ、レダは頭を下げた。


 プラチナブロンドの髪を清潔に整えた、長身で、柔和な美青年だ。


 アイスブルーの涼しげな瞳が、レダに気づいて、青年は笑みを作った。




「はじめまして。私は、ウェルハルト・ウインザードです。急な訪問をお許しください。一度、貴方にお会いしたく、図々しくも参上してしまいました」




 王子にもかかわらず、平民であるレダに礼儀正しく頭を下げたウェルハルト。


 落ち着きのある少し高めの声に、緊張してしまいながら、診療所の扉を開ける。




「あの、ナオミが失礼しました。あとで叱っておきますので、どうかお許しください。さ、まずは、中にお入りください」


「いいえ、勇者殿はお変わりなくてよかったです。お仕事中ですのに、お邪魔ではありませんか?」


「お気遣いくださり感謝します。ですが、大丈夫です。同僚たちに任せてきましたので」


「では、遠慮なく失礼します。実を言うと、暑さに少々負けそうでして」


「す、すみません! どうぞ、お入りください!」




 王子を夏の太陽の下に放置して熱中症にしてしまったら大問題になる。


 レダは慌ててウェルハルトの診療所の中に招いた。




「おや、診療所の中は涼しいですね。魔法石を使っているのですか?」


「はい。ローンデンヴァルト辺境伯様が、町の人たちのためにと用意してくださいました」


「ティーダ殿のことは存じています。子供のころに、何度も顔を合わせていますので」


「そうでしたか」




 ウェルハルトが気づいたように、診療所の中は涼しい。


 魔法石という、魔力が結晶化した魔石を加工し、魔法の効力を持つものを室内に設置しているのだ。


 そのおかげで、診療所内は過ごしやすい快適な温度に保たれている。


 ときには、この涼しさ目当てで診療所に足を運ぶ人もいるほどだ。




「久しぶりね、ウェルハルト」




 診療所の入り口で待ち構えていたのは、アストリットだった。


 彼女は弟に挨拶をするも、その表情はどこか硬い。


 おそらく、ウェルハルトがどのような要件でアムルスに来たのか気になっているのだろう。




「ああ……姉上。お久しぶりです。こうして傷ひとつない美しいお顔を再び拝見することができて、このウェルハルト感無量です」


「――あら? ウェルハルトってこんな子だったかしら?」




 予想とは違った弟の反応に、戸惑いを見せるアストリット。


 姉弟の再会に水を差すのは躊躇われたレダだったが、いつまでも王族ふたりを立たせたままではいけないと思い、恐る恐る声をかける。




「あの、とりあえず、二階へどうぞ。冷たい飲み物もお出ししますので」


「……そうね。遠慮なく、上がらせてもらいましょう」




 勝手知ったるアストリットは、二階へ上がっていく。




「失礼します」




 そんな姉にウェルハルトも続く。


 王族ふたりの背中を見送るレダは、今後の展開を予想できない不安を抱きつつ、あとを追いかけて二階へ上がった。






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