55「オランドの末路」



「……なぜだ……なぜ、俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ……」




 オランド・ケラハーは、王都の片隅にある小さな病院の一室に閉じ込められていた。


 今まで裕福な貴族として生活していたのが一変。


 ベッドとテーブルしかない部屋で、動けない日々を送るだけだ。




「なぜだ……なぜ、なんだ……」




 もう何日にも、問うように呟き続けているが、答えてくれる人間は誰ひとりとしていない。




「……俺が、なにをしたというんだ……」




 オランドは、度重なる王家への不敬と、王女アストリットをこともあろうか商人への接待に利用しようとしたことがすべて明らかとなったことで、ケラハー侯爵家現当主、つまり父親から絶縁されてしまったのだ。


 次期当主になることはもちろんできるはずがない。


 それどころか、今のオランドは貴族でもない。




 当初、ヒューゴの怒りは凄まじく、ケラハー侯爵をも息子共々始末しそうな程だった。


 さらに怒り狂ったのは、アストリットを心から愛するキャロライン王妃だ。


 彼女の怒りは、ヒューゴを優に越えていた。


 キャロラインが行った証拠こそないが、オランドに与していた貴族や、使用人たちがことごとく不慮の事故に遭い亡くなっている。




 ケラハー侯爵は、オランドの弟に当主を譲り、領地で余生を過ごし、二度と王都に現れないことを条件に自らと、息子の命を許してくれるよう嘆願した。


 侯爵は息子と違い善人であったことと、第一王子ウェルハルトのとりなしによって彼の命は繋がった。


 まだ正式に当主の座を譲渡していないが、そう時間は下からないだろう。




 ただ、そこで揉めたのが、オランドの母が不当な扱いだと騒ぎ立てたのだ。


 これには第二王子ベルロールと第三王妃マイラ親子の暗躍があったと言われているが、侯爵夫人は夫である侯爵によって離縁され、実家に送り返されてしまったことで、声が小さくなった。


 夫人の実家は伯爵家だが、問題を起こしたオランドを庇うつもりはないらしく、夫人を幽閉することによって、事態が飛び火しないようにしたようだ。




 その情報はオランドの耳にも入っており、自分の味方が誰もいなくなった事実と、いつ自分が殺されるかわからない恐怖に怯える日々だった。


 逃げ出そうにも、片腕と片足がない状態で王都を抜け出すことができない。


 今まで甘えに甘えて生きてきたオランドに、不自由な体でなにかをするという選択肢がなかったのだ。




 ゆえに、彼は怯え続ける。


 ベッドの上で、動けない体を震わせて、どうすれば現状を脱することができるか考えて、なにもできないことに気づき、涙を流している。




 ――そんなとき、部屋をノックする音が響いた。




「だ、誰だ!?」


「お食事の時間です」




 女性の声だ。


 オランドは、安堵する。


 時計を見れば、夕食の時間だった。


 裕福な生活を送っていたオランドには、病院の食事はまずくて不満しかなかった。




「入れ! ……なぜ、俺が豚の餌のような食事を……くそっ」




 文句をこぼしながらも、腹が減っているため拒むことはできない。


 屈辱に塗れながら食事をしなければいけないことに、オランドのプライドは折れかけていた。




「本日の夕食です。ゆっくりお食べください。最後の晩餐になるのですから」


「ああ……なに? 今、貴様、なんと言った?」




 女の発言に、目を見開きオランドが震える。


 白衣を身に纏った女性は、薄く整った唇を吊り上げる。




「弟君から伝言をあずかっています」


「……なんだと?」


「『兄さんの自業自得のおかげで僕は当主になることができた。ありがとう。ただ、兄さんは邪魔だ。生きていても、利用価値もなく、王家に睨まれる要因でしかない。敗北者には退場してもらう。おあいこだよね。僕を殺そうとしていた証拠は掴んでいたから、情けはかけないよ。さようなら』とのことです」


「あ、あいつが、俺を殺すだと? あいつが、次の当主だと?」


「お食事を終えたら、苦しまずに殺して差し上げます。どうぞ、最後の食事を味わってください」




 女性はオランドの質問を無視して、淡々と告げた。


 それにオランドが慌てたのは無理もない。




「ま、まて、弟にいくら積まれたのかしらないが、俺がその倍の金を出そう! だから、俺を見逃してくれ! 頼む!」


「……お食事を召し上がらないのでしたら、私は仕事に取り掛からせていただきます」


「待て! 頼むから待ってくれ! なぜだ! なぜ俺が殺されなければならない! なにをしたというんだ!」




 この後に及んでも、オランドは反省することはなかった。


 女性はベッドから動けないオランドに近づき、彼の耳元にそっと唇を近づける。




「キャロライン王妃からも伝言を預かっています。『命を持って償え』だそうです」


「……馬鹿な……弟だけではなく、キャロライン様まで……なぜ」




 殺し屋は、オランドの疑問を無視し、すべき仕事に取り掛かった。


 片足がなく、荒事の経験のないオランドは抵抗することもできずに、最後まで「どうして俺が」と言いながら、死んだ。










 翌日。


 病院の中庭で倒れているオランドが発見された。


 三階の部屋から飛び降りたと判断され、事故死か自殺のどちらかであると処理された。


 オランドの遺体を侯爵家が引き取ることはなく、葬儀もあげることなく、共同墓地に埋葬されたのだった。






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