54「国王の疑問」②



 ヒューゴの言葉に、レダは己の耳を疑った。




「まさか……ミナが聖女様に、ですか?」


「信じられないのはわかるが、私は聖女殿と面識がある。だからこそ、不思議なのだ。なぜ、ミナがあんなにも聖女殿に似ているのか、と」




 心当たりはあるか、と問われたレダだがまるでないため首を横に振った。




「わかりません。そんなことを言われたのは初めてなものでして」


「ああ、いや、すまぬ。不安にさせてしまったようだな。ただ、他人とは思えぬほどふたりが似ているので、私も驚いていたのだよ」


「国王様は、ミナと聖女様に血縁関係があるとお思いですか?」


「無論、そう考えもした。だが、仮に聖女殿の娘であるのなら、教会で手厚く育てられているはずだ。そもそも、私は聖女殿が子供を産んだと聞いたことがない。しかし、それを抜きにしても似ているのだよ」




 仮に、ミナが聖女の娘だとしたとしても、彼女との出会いを考えるととてもじゃないが信じることなどできない。


 手厚く育てられるどころか、暗殺組織に売り飛ばされ、姉ルナの人質となっていたのだから。


 しかも、ミナとルナを組織に売り払ったのは、実の父親だという。


 ここまでの扱いを受けて聖女の子供だったというのなら、レダは聖女を許せないし、教会という組織を信用できなくなってしまう。




「ミナの出自はわかっているのか?」


「父親が、ピアーズという貴族というところまでなら」


「ああ、あの家か……当主の悪い噂を何度か聞いたことがある。借金があり、女癖も悪いらしいな。……だとすると、聖女殿との関係は、まずありえぬか」


「ミナは俺の娘です。それだけでいいんです」




 ミナたちの親が、聖女だろうとピアーズだろうと、今さら返すつもりはさらさらない。


 ふたりはレダのかけがえのない大切な家族だ。




「そうだな。すまぬ、余計なことを言ったようだ。これからも、家族仲良く過ごしてほしい」


「ありがとうございます」




 国王はレダの肩を励ますように叩くと、待っていた馬車へ乗り込んでいく。




「また会おう、レダ。家族と幸せになることを祈っている」


「国王様も、キャロライン様とのこと頑張ってください」


「うむ。ありがとう。――本当に、ありがとう、レダ・ディクソン」




 ヒューゴはそう言い残して、王都を去っていった。


 馬車を見送るレダの心中では、国王の言葉がいつまでも残っていた。




「ミナが聖女の娘だって?」




 まったくの予想外だった。


 まるで不意打ちで殴られたような衝撃だ。


 国王には言わなかったが、もしや、と思うこともあった。


 それは、以前、ニュクトが邪神の眷属をその身に降ろし、戦ったレダを追い詰めたときのことだ。


 絶体絶命を救ってくれたのが、ミナだった。


 彼女には、邪神の力を跳ね除ける、なにか、が確かにあった。




「もしかして、あのときの力が聖女となにか関係があるのか?」




 レダの疑問に答えてくれる人間は、この場にいない。


 胸が痛くなる。


 もし、本当に聖女が皆の母親であるのなら、自分と一緒にいるよりも、母親と一緒にいたほうが幸せなんじゃないかと思ってしまう。


 同時に、ミナが辛く、苦しんでいたときに一緒にいなかった母親の元へ返したくないとも思う。




「――そんなこと考えても無駄かな。ミナが聖女の娘かなんてわからないし」




 できることなら、今後もわかってほしくない――つい、そんなことを考えてしまうレダだった。


 それが正しいかどうかは、自分でもわからなかった。






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