52「父の怒りと愚者の末路」④



「う、ううぅ……」




 オランドが消えると、アストリットが膝をつき、泣き崩れた。




「アストリット様!」


「アストお姉ちゃん!」




 ヴァレリーが慌てて駆け寄り、傍にいたミナがアストリットを案ずる。


 アストリットは、そんなふたりを抱きしめて、嗚咽をこぼした。


 ルナとヒルデガルダも、アストリットに近づき、宥めるように抱きしめる。




「……過去のこととはいえ、あのような男が婚約者だったのだ。泣きたくもなるだろう」


「国王様」




 ヒューゴはレダの隣に立ち、泣く娘を悲しげに見つめていた。




「当時は良縁だと思っていた……そんな過去の私を殴りたくなる。なぜ、あのような男を選んでしまったのか、と」


「国王様が悪いわけではないと思います」


「そうであれば、いいがな」


「かつては、アストリットもオランドのことを憎からず思っていたはずだ。それだけに、あの男の本性を知ってしまった、あの子の悲しみ、苦しみは計り知れぬ」




 娘を案じながら、自分のせいだと責める国王に、レダは言葉が見つからない。


 すべてはオランド・ケラハーが悪い。


 それだけなのだ。


 国王が自身を責める必要はないと思いたかった。




「あんな男のことなんて一度たりとも好きになったことなんてないわ! ……好きなんて、なるもんですか」




 父の声が聞こえたのだろう。


 否定しようと声を荒らげたアストリットだが、次第にその声も弱くなっていく。


 レダの覚えが正しければ、彼女は婚約者だったオランドに想いを寄せていたはずだ。


 そんなオランドは、かつてアストリットを「不良品」と罵り、今は商人の接待に当てがおうと企んでいた。




 口では、好きではないと言っているが、その心中は察するにあまりある。


 誰ひとりとして、泣き続けるアストリットに声をかけることができなかった。




(傷ついた心も回復魔法で治療できればいいのに)




 レダは、アストリットの嗚咽を耳にしながらそんなことを考え、空を仰いだ。


 初夏の晴天は、忌々しいほど青かった。






 ※






 ザルドックとティーダが、兵を率いて、宿屋で休憩していた商人ゴートンを訪ねた。


 ゴートンは四十過ぎの肥えた男だった。


 事のあらましを問うと、ゴートンは顔を青くして逃げ出そうとした。


 無論、兵士たちによって宿屋を包囲されているため、逃げ出せるはずもなく、あっという間にお縄となった。




 やましいことがあるのが見て取れたので、「素直に吐けば温情を与えることを考えてもいい」と伝えると、ゴートンはあっさりと吐いた。


 オランドが侯爵家当主になる手伝いと、資金援助することを約束した代価として、アストリットを好きにしていいという約束をしていたという。




 あくまでもオランドの提案だったゆえ自分は悪くない、と喚くゴートンに、ティーダはもちろん、ザルドックが激昂したのは言うまでもない。


 ふたりを怒らせてしまったゴートンは、慌てて次から次へ、自分の行った悪行を暴露していく。




 その中には、第二王子ベルロールと第三王妃マイラと繋がっており、アストリット襲撃にも関わっていたという驚愕の事実まで含まれていた。


 ゴートンは「温情」を勝手に解釈し、問われていないことまでペラペラと語った。




 先日の、アストリット暗殺の駒となったメイドと騎士を用立てたのも、ゴートンだった。


 聞けば、以前より、アストリットを手に入れたいと思っていたようだ。


 オランドと婚約破棄し、療養する日々を送っていたアストリットに結婚の申し入れをしたこともあったらしいのだが、キャロラインによって却下され恨んでいたという。


 そこで、以前より金銭面の支援をしてたマイラの凶行に加担したという。


 その一方で、オランドと通じ、長年の想いを遂げようと愚策していたらしい。




「……呆れて物が言えない」




 そう呟いたのはティーダだった。


 今回のアストリットの件に関しては、オランドの暴走とれるし、平民が王族になにを考えようと、なにも行われていなかったので罪にとえるか難しい。


 せいぜい不敬罪か、私的に罰することくらいしかできないはずだ。


 しかし、アストリットへの襲撃に関わっていたとなると話が別になる。




 場所を変え、ゴートンをティーダの屋敷で尋問したところ、アストリットが光を失った原因となった暗殺未遂にも関わっていることが判明した。


 ゴートンは温情ゆえに、素直に吐けば助かると思っていたようだ。そんな彼のおかげで、マイラとベルロールを罪に問うに十分すぎる情報も彼の口から提供された。




 しかし、王女に二度も危害を加えておきながら許されるはずがない。


 とくに、報告を受けた国王の怒りが凄まじかった。


 ザルドックが止めなければ、ヒューゴの手によってゴートンは殺されていただろう。




 結局、ゴートンはオランドと使用人たちと共に王都に連行されることとなる。


 そして、裁判を受けることになるのだが、王族に危害を加えることに加担したゴートンに温情などかけられるはずもなく、死刑が決定したのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る