50「父の怒りと愚者の末路」②
「オランドよ、顔を上げて私を見よ」
「ひぃっ……は、はいっ」
ヒューゴの底冷えする声に、オランドは怯えながらも素直に従った。
つられるようにレダたちも国王に視線を向ける。
彼の表情は、怖いくらいに感情を感じさせなかった。
娘に侮辱の限りを尽くした男と会話するには、感情を殺す必要があったと思われる。
「貴様は、この町までどうやってきた?」
「……しょ、商人の馬車で」
「ザルドック、その商人を捕らえよ。その者が、オランドがアストリットを当てがおうとしていた相手かもしれぬ」
「はっ。承知致しました。その場合は、いかがしましょう?」
騎士団長の疑問に、国王は硬く拳を握りしめて返答した。
「本音を言えば殺してやりたいが、そやつも王都に連れて帰り裁きを与えよう。あと、この馬鹿者を、拘束し、連れて行け。いい加減、私たちの目の前にいることが不愉快だ」
「かしこまりました」
ザルドックは、地面に尻餅をついたままのオランドに近づき、肩を叩く。
「さ、オランド・ケラハー殿。抵抗しないことをお願いしたい」
「い、いやだ」
「ぬ?」
「嫌だ……嫌だ……こんなところで、こんなふうに終わるなんて」
「足掻くことはお勧めせぬ。抵抗をするなら、できないように痛めつけなければならぬ。自分もそなたに思うことは山のようにあるゆえ、手加減はできぬぞ?」
威圧する声音で、ザルドックがオランドに警告をした。
彼は本当に抵抗されれば、言葉通りに痛めつけるだろう。
オランドもそれがわかっているゆえ、恐怖で震えている。
しかし――。
「い、いやだ、いやだぁああああああああああああああああ!」
オランドのとった行動は、抵抗だった。
絶叫し、立ち上がると、懐からナイフを抜く。
「俺は、こんなところで終われない! 終われないんだよ! こんなところで、終わってたまるものか!」
ナイフを振り回しながら、周囲を威嚇し、オランドは喚き散らす。
「忠告しておくが、もしこの場にいる誰かに危害を加えようとするのなら、自分は貴様を斬り殺すだろう」
「――っ! くそっ、くそっ、くそぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!」
後がないオランドは血走った目とナイフの切っ先を周囲に向け続ける。
「――お、おとうさん」
「ミナ、俺の後ろにいるんだ」
「う、うん」
怯えるミナを安心させようと、彼女の頭を撫でながら、レダはオランドから目を離さない。
いつ、彼の凶刃がこちらに向かうかわからないからだ。
いくら回復魔法を使えるとはいえ、怪我人が出ることは望まない。
だが、もし家族に、いや、この場にいる誰かにオランドが危害を加えようとするのなら、レダも許しはしない。
「パパ、あたしが隙見てやっちゃう?」
「騎士団長がいるんだ。最悪のことは起こらない……はずだから、ミナを守ってあげてくれ」
「あの男が馬鹿な真似をするのなら、私も黙っていないぞ」
「わかってるよ、ヒルデ。でも、今は、余計な刺激を与えないにしよう」
「……そうだな。承知した」
ルナとヒルデガルダもレダと同じように、オランドを警戒している。
追い込まれた人間がなにをするかわからないことを知っているからだ。
「おやめなさい、オランド殿。大人しく拘束をされたほうが、他ならぬそなたのためですぞ」
「うるせぇええええええ! くそっ、くそっ、くそぉ! どうせ俺はっ、もう当主にはなれないんだっ! ならっ、その元凶を作ったクソ女を道連れにしてやるよぉおおおおおおおお!」
唾を飛ばし、血走った目をアストリットに向けたオランドは、そのままナイフを構えかけ出そうとする。
凶行が行われると思われたその時、
「残念ですぞ」
「――風刃」
ザルドックが目にも止まらぬ速さで、腰から剣を抜きオランドのナイフを持つ右腕を切り落とす。
同じ瞬間、レダが放った風の刃が、オランドの右足の膝から下を切り落とした。
「――ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああ」
ローデンヴァルト辺境伯の中庭に、耳障りな絶叫が響いた。
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