49「父の怒りと愚者の末路」①
「こ、国王様っ!?」
「久しいな、オランド・ケラハーよ。ところで、貴様は実に不愉快なことを申していたな」
目が飛び出さんばかりに見開くオランドに、ヒューゴは淡々と問うた。
オランドは、大いに慌て始める。
「ち、違います、誤解です! これには、わけが」
「私の娘を、勝手に攫おうとした挙句、商人に抱かせるだと?」
「ご、誤解です! 国王様、私は誓って、そのような意味で言ったのではなく!」
「ならばどういうつもりで、あのような発言をしたというのだ!」
「ひぃっ」
「すべてを見ていたわけではないが、アストリットの頬が腫れているのは貴様の仕業だろう! 侯爵家の小倅風情が、私の愛娘に手をあげるなど許されん! 覚悟していろ!」
ヒューゴはそのまま怒りに任せて、オランドの顔を殴りつけた。
地面に倒れたオランドの顔は蒼白だ。
自らの大失態を誘ったのだろう。全身を震わせている。
「こ、国王様、私は」
「貴様の言い訳など聞きたくない! 立場をこれ以上悪くしたくないのなら、黙っていろ!」
「は、はいぃぃぃ!」
大人しくなったオランドを冷たい瞳で見下していたヒューゴだが、すぐに興味をなくし、最愛の娘に駆け寄る。
「アストリット、大事ないか?」
「……お父様」
「まさかこのようなことになっていようとは思いもしなかった。助けるのが遅くなってすまぬ」
「いいえ、お父様が私のためにお怒りになってくださったこと、不謹慎ですが嬉しいです」
「父親なのだ。娘にあのようなことを言われれば、私とて我慢できぬよ」
ヒューゴは娘の無事を確かめる。
表面的には頬を少し赤く腫らした程度だが、元婚約者に心ない言葉を吐かれた内面が心配だった。
だが、それを口にすることはしない。
ときには触れない傷もあるのだから。
ヒューゴはアストリットのそばにいたミナに視線を向ける。
「ミナ、だったかな。娘を守ろうとしてくれたようだな。ありがとう」
「ううん。アストお姉ちゃんのことが大好きだから」
「そうか……娘を好いてくれてありがとう」
ヒューゴはミナにそう言って、頭を下げた。
そこへ、
「国王様」
「国王様、お待たせしました」
遅れてレダとザルドック騎士団長が中庭へとやってきた。
「おお、ザルドック、レダ。そちらはどうだ?」
「屋敷の中にいた使用人はレダ殿と捕まえましたぞ」
「勝手に、アストリット様の私物をトランクに詰めていたので、窃盗の現行犯ということで拘束してあります」
「……主人がこれだと、使用人も節操がないな。まさか、ローデンヴァルト辺境伯の屋敷を、使用人が勝手に闊歩し、窃盗まで働くとは。呆れてものが言えぬよ」
ザルドックとレダの報告に、ヒューゴが顔を顰める。
レダたちが、この場に遅れて登場したのは、見慣れない使用人がアストリットの部屋に入っていくのを確認したからだ。
なにかある、と察した通り、アストリットの私物を勝手に漁り始めた。
そこを現行犯で捕縛したのだ。
「使用人たちの言い分でだと、この人……えっと、オランドでしたっけ、に命令されたと言っていましたよ」
「それでも罪は罪だ。王都にて裁こう。ローデンヴァルト辺境伯、君の屋敷の中でのできごとだが、すまぬが私に預からせてほしい」
「もちろんです。国王様のご判断にお任せします」
ティーダは反対することなく受け入れた。
被害にあったのはアストリットだ。
ならば、国王に任せたほうがいい。
「おとうさん!」
レダが肩の力を抜くと、ミナが胸に飛び込んできた。
「おっと」
幼い体をしっかりと受け止め、抱き上げる。
「パパ!」
「レダ!」
ミナに続き、ルナとヒルデガルダも駆け寄ってきた。
「大変な目に遭ったみたいだね。……あれ? ミナ、泣いたのかい?」
「ううん! わたし、泣かなかったよ! でも、アストお姉ちゃんが……あの人が、アストお姉ちゃんのこと叩いたの!」
そう言って、ミナが指さしたのは地面に蹲り振るえているオランドだ。
「随分、乱暴な貴族だな」
「アストリット様の元婚約者みたいよぉ」
「ああ、例の」
「パパが顔を治したから、妻にするって騒いでいたわぁ。本当に失礼な男よねぇ」
「しかも、妻にした挙句、商人に抱かせる計画があったらしい。私の出会った人間の中で、一番の屑だ」
「……どうすれば、そんな最低なことを思いつけるんだよ。貴族云々じゃかくて、人として間違っているだろ」
仮にも元婚約者にそのような酷いことをさせようと考える思考が理解できない。
気持ち悪ささえ覚えてしまう。
ヒルデガルダの言葉ではないが、レダも、これほど腐った人間は見たことがなかった。
「しかもぉ、ヒルデに愛児人になって好事家に相手しろとかぁ、あたしのことまで土産扱いして連れて行こうとしたのよぉ」
「――っ! 吐き気がするほど屑だな」
レダは、ミナを抱き抱えたまま、ルナとヒルデガルダを抱きしめた。
「とにかく、無事でよかった。みんなになにかあったら、俺は生きていけないよ」
「うん!」
「もうパパったら。心配性なんだからぁ。でも、うれしっ」
「ふふふ、レダに心配されるのも悪くないものだな。うん」
大切な家族を強く抱きしめながら、オランドという下衆はさっさとこの町から消えてほしいとレダは願うのだった。
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