48「王都から来た嫌な男」④



「なんだ、このガキは!」


「アストお姉ちゃんにひどいことしないで!」




 ミナは、真っ直ぐオランドを見据え、はっきりと抗議した。


 姉と慕うアストリットへ対する数々の暴挙、ルナとヒルデを物扱いするその言動、すべてを許せなかったのだ。


 かつてのように大人しく控えめだったミナはもういない。


 今の彼女は、理不尽に立ち向かうことのできる勇気を持っていた。




 しかし、オランドにとっては、生意気な子供にしか見えない。




「このガキが! 鬱陶しいこと言いやがって!」




 オランドは幼い少女に向かい手を振り上げた。




「――っ」




 ミナがこれからなにをされるのか理解し、身を硬らせる。




「俺に逆らったんだ。嫌と言うほど躾けてやる!」




 誰もがオランドを止めようと動き出すが、遅い。


 ミナに容赦無く、手が振り下ろされる。


 少女は、ぎゅっ、と目を硬く瞑った。




 ――ぱんっ、と音が響く。


 が、いつまで経ってもミナには衝撃も痛みもない。




「え?」




 不思議に思ったミナが恐る恐る目を開けると、眼前にアストリットがいた。


 彼女は頬を押さえ、オランドを睨み付けている。


 アストリットが自分を庇ってくれたのだとミナはすぐに理解した。




「アストお姉ちゃん!」


「大丈夫よ、ミナ。こんな男に叩かれたって痛くなんてないわ。だけど」




 アストリットは、オランドを睨む瞳に力を込めた。




「オランド・ケラハー! お前だけは絶対に許さないわ! よくも、私のかわいいミナに手をあげたわね!」


「ゆ、許さないというのなら、どうだって言うんだ! ただ王女というだけで、権力も、守ってくれる人間もいないお前になにができる!」


「あんたを引っ叩くくらいはできるわよ!」


「はっ! やれるものならや――」




 ぱぁんっ、と勢いよくアストリットの平手打ちがオランドの頬を捉えた。


 まさか本当に叩かれるとは思っていなかったのか、オランドは目を白黒させて唖然としている。


 その隙に、続いて、二発目、三発目とアストリットが平手打ちを繰り返した。




「このっ、くそ女が! 優しくしてやればつけあがりやがって!」


「あんたが、いつ、どこで、誰に優しくしたっていうの!」




 そして、また、アストリットの平手がオランドの頬を捉えた。




「っぐ、このっ、いい加減にしろ!」




 五度目となる平手打ちを受け、アストリットの腕をオランドが掴んだ。




「離して!」


「黙れ! 王都からこんな反吐が出そうな田舎町に迎えに来たやったのに、ふざけた態度をとりやがって! ああ、もういいっ!」


「きゃあっ」




 激昂したオランドに突き飛ばされ、アストリットが尻餅をつく。




「アストお姉ちゃん!」


「アストリット様!」




 ミナとヴァレリーがアストリットを案じ、手を貸し、立ち上がらせた。




「ていうか、もう限界なんですけど! 殺していいかしらぁ?」


「落ち着け、ルナ。レダに迷惑がかかる……と言いたいが、そろそろ私も限界だ」




 ルナとヒルデガルダもいつオランドに襲いかかってもおかしくないほど、瞳に怒りを宿している。


 オランドはさすっていた頬から手を離すと、アストリットの腕を痛いほど強く掴んだ。




「どうせ、お前など、商人に抱かせるくらいにしか使いどころのない女だ! お前の意見など知らん。来い!」




 オランドのあまりにもの発言に、誰もが耳を疑った。


 妻にするため迎えに来たと言いながら、実際頭で考えていることは下種でしかかったのだ。




「ケラハー殿っ、さすがにもう見過ごせな」




 暴挙を繰り返すオランドに、ティーダが詰めよろうとする。


 しかし、そんな彼の肩を、とある男が掴んだ。




「――っ、あなたは」




 男はティーダをその場に押しとどめ、ゆっくり歩いていく。


 そして、アストリットの腕を握るオランドの腕を、力強く掴んだ。




「――その手を離してもらおうか」


「今度は誰だ! 俺を誰だと思っているんだ! この場で、首を切り落としてやる!」




 叫びながら背後を振り返ったオランドが、硬直した。




「な、なななな、なぜ、あなた、が」


「ほう。私の首を切り落とすか……やれるものならやってみるがよい」




 動揺を隠せぬオランドに、感情の籠もらない声をかけるのは、憤怒の表情を浮かべた、ウインザード王国国王ヒューゴ・ホレス・ウインザードだった。








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