47「王都から来た嫌な男」③



「なにがおかしい!」




 アストリットの笑い声に、オランドが眉を吊り上げた。




「おかしいに決まっているじゃない! 私があんたに惚れていたですって? そんな馬鹿なことがあるわけないじゃない! ちょっと顔がいいからってチヤホヤされて、変な勘違いしちゃっているんじゃないの?」


「なんだと!」


「私が、あんたみたいなクズに惚れるわけないでしょ!」


「このっ――幼なじみのよしみで優しくしてやれば、つけ上がりやがって! お前みたいに、王族だからって甘やかされて育った女は、大人しく男の駒になっていればいいんだよ!」




 オランドの女性を軽視する発言に、ヴァレリーをはじめ、ルナたちも不快な表情となる。




「ふざけないで! 仮に、誰かの駒になることがあったとしても、あんたみたいなクズなんかごめんよ!」


「このっ、生意気な!」




 言い返されて、激昂したオランドが、顔を真っ赤にして腕を上げて、アストリットを叩こうとする。


 しかし、




「さすがに、アストリット様に暴力を振るうことは見過ごせません」




 ティーダがオランドの腕を掴み、阻止した。


 オランドが腕に力を込めるが、ティーダは決して離そうとしない。


 それに苛立ちを覚えたのか、唾を飛ばして怒鳴り始めた。




「離せっ! この辺境伯風情が! 歴史ある侯爵家の俺に逆らうのか!」


「あなたこそ、たかが侯爵家の人間が、王女様に暴力を奮おうとするなど、立場を考えるんだ」


「これは躾だ! この女が妻になる俺が、あとあと苦労しないように、最初にガツンとやっておくんだよ!」


「……呆れて物が言えない。あなたみたいな貴族がいるから、多くの民から貴族が横暴だと言われるんだ」


「なんだと! ええいっ、いい加減に離せっ!」




 掴まれていた腕を、強引に払うと、オランドはティーダを射殺さんと睨みつけた。




「辺境伯が、侯爵家の俺に手を出すとは、いい根性しているな!」


「うわっ、ださっ。ていうか、さっきからお家自慢しかできないの、こいつぅ?」


「うん! ひどい! さいてい!」


「絵に描いたようなクズ男だな。こんな男と婚約者だったアストリット王女には同情する」


「なんだと! このガキども! ――お、おお!」




 ルナたちの軽蔑の声に、さらに怒りを高めるオランドだったが、彼はなにかに気づき、目を輝かさせた。




「エルフじゃないか! 報告にあったのは本当だったのか! まさか、こんな田舎町にエルフがいるとは……おい! どうだ、私の愛人にしてやろう!」


「――貴様は頭が沸いているのか? 仮にも、元婚約者を迎えに来たと言った口で、私に愛人になれというのか? あまりにも愚かすぎて、怒りすら抱けんな」




 呆れ、嘆息するヒルデガルダ。


 彼女の言葉通り、仮にもアストリットを迎えにきた男の言う台詞ではない。


 あまりにも女性を馬鹿にしたオランドの暴言に、女性陣の不快感は高まる一方だった。


 オランドはそんな女性たちに気づいていないのか、子供のように騒ぎ続ける。




「そうだ! お前のようなガキには興味はないが、好事家を相手にさせるなら実にちょうどいい!」


「……そんなことを言われて、私が、うん、と頷くと思っているのなら、呆れを通り越して褒めてやりたくなる。貴様は馬鹿か?」


「そんな話をしているんじゃない! 私の愛人になれと言っているんだ!」


「だから、なるわけがないだろうと言っている。そもそも、私には愛する夫がいるのだ。貴様のようなクズには微塵の興味もない」


「――なら、その夫を殺してでも、お前を奪ってやるのも一興だ。それに、よく見れば、砂漠の民の血を引いているガキもいるじゃないか」




 オランドのいやらしい視線は、ヒルデガルダだけではなく、ルナにも向いた。




「へぇ、ヒルデの次はあたしってわけね。一応、言っておくけど、指一本でも触れてみなさい。その指を切り落としてあげるからぁ」




 ルナは笑顔こそ浮かべているが、今にもナイフを抜きそうな雰囲気だ。




「ったく、どいつもこいつも、侯爵家の俺への口の聞き方がなってないな。まあ、いい。土産も見つけたことだし、おい、アストリット! 王都に戻るぞ!」


「だから、あんたなんかと戻るわけないじゃない!」


「ふざけるな! お前を使うプランが、もういくつもあるんだぞ! そんなわがままが許されると思うなよ!」


「……呆れたわ。私が、いつ、わがままを言ったというの? それはあんたでしょう? 子供のように喚いて、みっともない」


「――このっ、やはり躾が必要のようだな!」




 再び、手を上げアストリットに向かうオランド。


 ティーダが止めようとするも、それよりも早くアストリットの前に立ち塞がる小さな影があった。




「もうやめて!」




 叫んだのはミナだ。


 彼女は大きく手を広げ、アストリットを守るように立ちはだかったのだった。






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