46「王都から来た嫌な男」②




「ふん。さすが田舎だな。貴族の屋敷が、まるで犬小屋だ」




 唾とともに吐き捨てたのは、金髪を伸ばし、真ん中で分けた二十代前半の青年だった。


 使用人が呼びにいくよりも早く、勝手に屋敷の中庭にまで入り込んでしまった青年――オランド・ケラハー。


 背丈は高く、すらりとし、容姿も甘い雰囲気を持つ、美青年といえるだろう。


 しかし、彼は、その整った顔を歪めて、ハンカチで鼻を押さえている。




「王都と違って、田舎臭くてかなわないな。よく、こんな場所にいられるな、アストリット」


「……オランド」




 アストリットがオランドを睨みつけた。




「なにしに来たの?」


「おいおい。元とはいえ、仮にも婚約者だった俺に、ずいぶんつれない態度じゃないか」


「いいから、なにをしに来たのか聞いているのよ!」


「せっかちな奴だ。未来の夫が、わざわざこんな田舎臭い辺境まで迎えに来てやったというのに」




 呆れた、とばかりに肩を竦めるオランドに、アストリットが柳眉を歪めた。




「夫ですって? あなた、私の婚約者から外されたことを覚えていないの?」


「もちろん覚えているさ。キャロライン様も馬鹿なお方だ。俺のような優良物件を自ら手放すとは……なにが気に入らなかったんだか、理解に苦しむ」




 髪をかき上げながらそんなことを言ったオランドに、アストリットは唖然とし、この場にいた誰もが信じられないと目を丸くする。




「――えぇ? この男馬鹿じゃな? 自分のこと褒めすぎてきもいぃ」


「うん。なんかやだ、おえってなるかも」


「私の好みとは程遠いな。むしろ、嫌悪のほうが強い」




 ルナ、ミナ、ヒルデガルダの順で、それぞれオランドに対する感想を言い放つ、三人娘たち。


 普段、誰かを悪く言うことのないミナでさえ、かわいらしい顔をしかめて、嫌悪を露わにしていた。




「――私にあんなことを言っておいて、よくものこのこと顔を出せたわね!」


「あ? なんのことだ?」




 怒りを露わにし、今にも掴みかかりそうなアストリット。


 対し、オランドは心当たりがないようで首を傾げている。




「――っ、私を不良品と言ったことよ!」


「なんだ。そんなことで怒っていたのか?」


「そんなことですって!?」


「お前が、不良品だったのは事実だろう?」


「――な」




 アストリットが絶句する中、誰もが耳を疑う。


 オランドが、アストリットに対し、『不良品』と暴言を吐いたことは知られていたが、まさか悪びれることなく、改めてもう一度、しかも本人を前にして平然と言って退けるとは思わなかった。




「だが、優秀な治癒士のおかげで、顔は元どおりだ。よかったな、アストリット。お祝いに、また婚約者に戻ってやるよ。今のお前なら、俺の妻にもふさわしい」


「はっ。よくもそんなことがいえるわね! 私が今さら、あんたなんかと結婚するわけがないでしょう!」




 アストリットが体を震わせ、顔を真っ赤にして、大きな声を上げる。


 しかし、オランドは気にするどころか、むしろ余裕の表情を浮かべていた。




「意地を張るのはよせよ。お前は、昔から俺に惚れていただろ? 口でどうこう言おうが、俺のことを拒めるわけがない」


「――ぷ」


「ぷ?」




 アストリットが再び体を震わせた。


 だが、今度は怒りに震えてではない。


 むしろ、その逆だった。


 彼女は、お腹を抱えると、オランドを馬鹿にするように、




「ぷっ、ぷふっ、ふふふふっ、ふはっ、あははははははははははははははっ!」




 大笑いしたのだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る