45「王都から来た嫌な男」①
一方その頃。
女性陣とティーダは、屋敷の庭にテーブルを置き、お茶会をしていた。
和やかにお茶を楽しむ女性たちに対し、ティーダだけが痛む胃を押さえて、苦々しい顔をしている。
「うぅ……レダは国王様の申し出に、どう返事をしたんだろうか?」
若き辺境伯の心配は、レダがアムルスを出て王都に行ってしまうのではないかというものだった。
友人でもあるレダの将来を考えると、彼が出世するのは喜ばしい。
レダがうだつの上がらない日々を送っていたことを知っているだけに、なおさらそう思う。
しかし、同じくらい、できることならこの町に残ってほしいと願っている。
レダのおかげで、治癒士たちと住民たちの関係が改善しつつある。
診療所も建ち、誰もが気兼ねなく治療できる場を手に入れることもできた。
レダがいなければ、どちらも叶わなかっただろう。
それをよくわかっているからこそ、レダがいなくなった時のことを考えると胃が痛いのだ。
もしかすると、今日まで培ったものが壊れてしまう可能性だってある。
「お兄様ったら。そんなに心配なさらなくても、レダ様ならお断りしてくださいますわ」
「しかし、だな」
心の底からレダを信じ切っているヴァレリーは、兄と違って落ち着いている。
妹に窘められても、ティーダの不安は消えてくれない。
「私としては、レダが王都に来てくれるなら心強いわ」
「アストリット様のお気持ちもわかりますが、ここアムルスにレダが必要なのです」
「わかっているわ。だから、私はレダを連れて行こうなんて思っていないもの。もちろん、来てくれるなら、大歓迎だけどね」
「そうはならない、と信じています」
「でも、ティーダ様だって、レダ様が宮廷仕えを望むなら送り出してあげるんでしょう?」
「それはもちろん。残念ではありますが、友人の決めた道を阻むようなことはしません。いえ……きっと、レダのことを考えれば、宮廷仕えになることはいいことなのでしょう」
友人の出世と、町の発展のどちらを選ぶべきなのか、ティーダは悩んでいる。
個人としては彼が望むなら、喜んで送り出したい。
だが、領主としては、アムルスに留まってほしかった。
「ティーダ様ったら、心配性よねぇ。そもそも、パパがそんな選択するわけがないじゃない」
スコーンを食べていたルナが、嘆息混じりでそんなことを言った。
「そうだろうか?」
「そうよぉ。もし、その気があっても、即決はしないでしょ。あたしたちに相談するわよぉ」
ルナの自信ありげな言葉に、ヒルデガルダが続く。
「違いないな。レダが私たちに相談なく、王都に行くことを決めたりしないだろう。もちろん、私はレダの行く場所ならどこであろうとついていくがな!」
「あたしだってパパの行くところならどこだってついていきますけどぉ! 妻は夫から離れないんだからぁ!」
「娘のわたしも、おとうさんから離れたりしないよ!」
クッキーを頬張っていたミナも、手を挙げてレダについていくことを主張する。
しかし、ミナは、すぐに表情を暗くしてしまう。
「で、でも、おとうさんが王様のお誘いをことわっちゃったら、アスト様ともう会えないんだよね?」
「まぁまぁ! ミナったら! そんな心配なんてしなくていいのよ! 王都とアムルスでは距離があるけど、あなたたちはいつでも王宮に遊びに来てもいいのよ」
ミナの不安をかき消すように、隣に座っていたアストリットが小さな体を抱きしめる。
「わぷっ」
「もう、ミナはかわいいんだから!」
「ふふふ、アストリット様とミナちゃんはすっかり仲良しになりましたわね」
歳の離れた、姉妹のようなふたりにヴァレリーが微笑んだ。
「ええ、ミナのことは実の妹のように思っているわ。もちろん、ルナとヒルデもね」
「あら、王女様の妹なんて光栄だわぁ」
「……私のほうが年上なんだが、まあ、いいさ」
ティーダ以外は、お茶会を楽しんでいた。
「わ、私の気も知らないで……う、胃が痛い」
ひとりレダの今後が気になってならないティーダが、再び胃を押さえていると、
「旦那様!」
使用人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうした? レダと国王様の話が終わったのか?」
「い、いいえ、違います。それが、その、王都から、オランド・ケラハー様を名乗る方がお尋ねになっております」
「――ケラハー? ケラハー侯爵家の者か……どこかで聞いた名前だな」
「オランドですって!?」
名前に心当たりがなかったティーダが首を傾げると、ミナを抱き抱えていたアストリットが大きな声を上げる。
「ご存知なのですか?」
「あいつは!」
「お兄様、オランド・ケラハー様は、アストリット様の元婚約者ですわ」
「……アストリット様の元婚約者がどうしてアムルスに来ているんだ?」
ティーダの疑問の答えを持つ者は、この場に誰ひとりとしていなかった。
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