44「褒美とスカウト」③



 レダは、ソファから立ち上がると、床に膝をつき、頭を下げた。




「――レダ?」


「申し訳ございません。お受けすることはできません。俺は、この町に残りたいんです」




 魅力的な誘いだった。


 家族のことを考えれば、宮廷務めは好条件の仕事だ。


 しかし、レダは、簡単にこの町を捨てられなかった。




「露頭に迷っていた俺を助け、家族のように接してくれたこのアムルスに、俺はまだ恩返しができていません。それまでは、この町から離れることはできません」




 領主のティーダ、冒険者ギルド、町の人々は、レダを頼り、感謝している。


 しかし、それ以上に、レダもみんなに感謝していた。


 王都から流れ着いたレダを暖かく受け入れ、仕事を与えてくれた。


 町の人たちも、みんな気さくでいい人だ。


 ミナはこの町で健やかに、明るく育っている。


 ルナともこの町で出会い、家族となった。




 アムルスに来ていなければ、ヒルデガルダたちエルフとも知り合うことはなかっただろう。


 友人と呼べるティーダやテックス、リッグスたちとも縁がなかっただろうし、ヴァレリーとも出会わなかったはずだ。


 同じ治癒士のユーリとネクセンとは今はいい同僚として働けている。


 勇者ナオミ、そして王女アストリット、王妃キャロラインとも知り合った。




 このすべてが、アムルスにいたからこその出会いなのだ。


 ゆえに、レダはこの街から離れることができない。


 王都で失った以上に与えてくれたアムルスに、まだ恩返しをしていないからだ。




「顔を上げなさい、レダ。褒美を与えると言いながら、逆に君を追い詰めてしまったようだ。すまぬ。さあ、立ち上がりなさい」


「……はい」




 レダは国王の言葉に従い、静かに立ち上がった。


 恐る恐る国王を伺うと、意外にも優しげな笑みを浮かべていた。




「君のアムルスに対する深い思いは確かに受け取った。残念ではあるが、受け入れよう」


「感謝します」


「だが、これはお願いだが、もしアストリットやキャロラインたちになにかあったら、君に助けてほしい」


「もちろんです。どこにいようと、必ず駆けつけます」


「――ありがとう。そう言ってくれるなら、私から言うことはない。君のアムルスでの生活が、良いものになるよう祈っている」


「どうもありがとうございます、国王様」




 国王とレダは、その後、和やかに話を続けた。


 結局、褒美は、アムルスと診療所に国王の私財から寄付をすることとなった。


 その際、「欲のない男だな」と国王がレダに苦笑する一面もあった。




 国王は、王としてではなくまるで友人と接するようにレダと話をした。


 娘たちと妻への想い。


 王位争いへの苦悩。


 貴族同士の対立。


 正直、レダにはなにひとつ力になることができないことばかりだったが、それでも胸に溜まっていたことを吐き出せた国王は、少なからずすっきりした様子だった。




「すまんな、レダ。愚痴ばかり言ってしまった」


「お気になさらず。国王様が、ずっとひとりで耐え忍んでいたことは存じていますから」


「ありがとう。君とはまた会いたいものだ。いっそ、娘のことを君に任せたいという気持ちもあるが、それはさすがに本人の気持ちを無視しているのでな」


「あ、あははははは、そうしていただけると助かります」


「それに、君はヴァレリーにも慕われているようだ。彼女のことは幼い頃から知っている。アストリットの友人として、いや、ひとりの女性としていい子だ。きっと君の良き妻となり支えてくれるだろう」


「俺にはもったいない方です」


「ふむ……まあ、恋愛ごとに首を突っ込むつもりはないが、私のように後悔する前に気持ちをはっきりさせておくといい」


「そうですね。そうできれば、と思っています」




 国王の助言にレダは頷く。


 もっとゆっくり周囲との関係を進めたい気持ちはある。


 それが正しいのかどうか、レダにはわからない。


 だが、それならせめて、後悔だけはしないようにしたいと思う。




「ならばよい。君はまだ三十だと聞いている。人生これからだ。仕事も、恋も、精一杯楽しむといい」




 国王はそういって、微笑んだのだった。






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