41「オランド・ケラハーの企み」




 オランド・ケラハーは、王都にある屋敷の自室で、元婚約者の情報が記された書類を眺めて歪んだ笑みを浮かべていた。




「ほう……あの不良品の目が治ったのか。王族とはいえ、醜くなり利用価値がなくなったと思っていたが、すぐれた治癒士がいるものだな」




 オランドは、ケラハー侯爵家の次期当主だ。


 そして、ウインザード王国第一王女アストリット・ウインザードの元婚約者でもあった。


 十代半ばの頃、アストリットの婚約者に選ばれるも、すぐに彼女が盲目となると、「不良品」と罵った男でもあった。


 現在は、王妃キャロラインによって婚約を解消されている。


 が、本人としては、不良物件を押しつけられなくてせいせいしたくらいにしか思っていない。




「確か、レダ・ディクソンだったな。――ああ、こいつは、覚えがある。ウォーカー公爵が冒険者から引き抜こうとしていた人間だ」




 多くの治癒士を抱えているウォーカー公爵が、回復魔法を使えるだけの冒険者を引き抜こうとしていたのは記憶に新しい。


 公爵の道楽程度だと思い、気にしていなかったが、先日の夜会で仕入れた情報だと、行方を探しているという。




「ちょうどいい、ウォーカー公爵にレダ・ディクソンの情報を売りつけるとしよう」




 事情があって探しているのなら大枚を叩くだろう。


 買わないなら買わないで別に構わない。




「だが、まさか、こんな冒険者上がりが、アストリットの傷を治せるとはな。世の中わからないものだ。だが、ちょうどいい、傷が無くなったのなら、あの美しい顔も元に戻ったんだろう。なら、利用価値はある」




 オランドは王族に加わりたい、などという野望はない。


 しかし、次期ケラハー侯爵家当主としての地盤を固め、確実に継承することを望んでいる。


 オランドには、腹違いの弟がふたり、妹がひとりいるが、誰もが当主を狙っているので安心できなかった。




 すでに、妹は、母親の不義理を暴き、一族から追放することに成功している。


 下の弟も、近々事故に遭う予定だ。


 邪魔者を排除することに躊躇いのないオランドだが、それには金がかかってしまう。


 そこに、元婚約者の情報だ。




「確か、王族を抱いてみたいとくだらん願望を持つ商人がいたな。そいつにアストリットをあてがうのもいいだろう。俺が夫になれば、命令には逆えまい」




 誰にも聞かれていないことをいいことに、最低な発言を平然とするオランド。


 だが、彼の言葉は嘘偽りない本心だった。


 アストリットの婚約者になったのも、次期当主になるためだった。


 実際、婚約が成立した時点で、当主になることは決定事項だと思われていた。


 しかし、婚約が王家から解消されてしまったことで、弟たちが後継者候補として立ち上がってしまったのだ。




「あいつは俺に惚れていたからな。少し甘い言葉を囁いてやれば、自分から結婚してくれと腰を振るだろう」




 すでにアストリットを利用して当主になることが、オランドの中では決まっていた。


 決断力のない父を、王家の力を使って排除し、自分が当主となるのだ。


 そのあとは、貴族として優雅な暮らしが待っているに違いない。




「――アストリットのせいで、当主の座が危うくなったんだ。あいつには責任をとってもらわないとな」




 にたり、と笑ったオランドは、家人を呼びつけると旅支度をするように命じる。




「アムルスに、アストリットを迎えに行くぞ」






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