35「レダと国王」②
「え?」
レダは、想定外の反応に戸惑いを見せた。
アストリットを見限った国王の口から、まさか「すまない」と発せられるとは思いもしなかったからだ。
「あの子には、本当にすまないことをしたと思っている。そして、君には心から感謝している。今日も、アストリットを治療してくれたことに、直接感謝を伝えたく参上したのだ」
「ご本心、ですか?」
「無論だ。君の人となりは聞き及んでいる。さぞかし、娘を見捨てた私を酷い人間だと思っているだろう。実際、その通りだ。私は、アストリットにそれだけのことをした」
苦々しい表情を浮かべる国王が演技をしているとは思えなかった。
彼は本当に苦しんでいるようにしか見えなかった。
それゆえに、わからない。
(こんなに悲しそうな顔をするなら、どうしてアストリット様のことを見捨てたんだ?)
「……ディクソン殿。国王様の代わりに言わせていただくが、国王様とて好きでアストリット様をお見捨てになったわけではない」
「どういうことですか?」
国王がアストリットのことで苦しんでいることは事実だと思いたい。
だが、今になってそんなことを言われても、彼女の傷が治ったからではないか、と疑心暗鬼になってしまう。
「私から話そう。言い訳になってしまうが、私は国王だ。ゆえに、国王としても、父親としても、子供の誰かを特別扱いすることができない。それが、たとえ刺客に命を狙われ、盲目となってしまった娘であろうとも、だ」
「だからって!」
「ディクソン殿! どうか国王様をお責めにならないでいただきたい! あなたはよき人、よき父親だと聞き及んでいる。ゆえに、お怒りもわかる。だが、国王様とてあなたが御息女を愛するように、アストリット様を心から愛しておられるのだ!」
レダは混乱した。
我が子を特別扱いしないといいながら、愛しているとも言う。
実際、盲目となったアストリットを見限ってもいるが、悔いる言葉も口にしている。
(なにがなんだかわからなくなってきた)
「私が国王である以上、どう振る舞っても人の目に晒され、なにか意味があると取られてしまう。ゆえに、私は父親として生きることを諦め、国王としてだけ生きている」
国王は寂しげに語る。
「私がアストリットを愛さないわけがあるまい。愛した女性との間に授かった初めての子だ。愛しくてならぬ。だが、私がそれを口にするわけにはいかないのだよ」
「国王様はキャロライン様と愛し合いご結婚なされた。しかし、王族と貴族の関係を深めるために、第二王妃様、第三王妃様も娶ることなり、子供もできました。ですが、一番の愛情を国王様が示してしまうと、それが原因となり王宮に不和が生まれてしまうのです」
「つまり、王宮の平和のために国王様は、父親ではいられないということですか?」
「左様です。そうでなくとも、王位争いをはじめ、すでに不和が生まれているのです。これ以上の混乱は誰のためにもなりませぬ」
「アストリットのことも、キャロラインのことも、私は心から愛している。だが、それを表には出せないのだよ。だから、ディクソン殿、君にはとても感謝している」
そう言い、国王はレダに深々と頭を下げた。
「――ちょ」
レダは慌ててしまう。
国王に対して思うことがあったとしても、相手は一国の主だ。
そんな人物が、ただの治癒士でしかない自分に頭を下げるなど、前代未聞である。
「おやめください!」
「君はアストリットを救ってくれた。この町で生活する娘は、光を失う前のようだと報告を受け、いてもたってもいられず様子を見に来てしまった。そして、なにより――」
国王は決して顔を上げようとしなかった。
それどころか、騎士団長まで揃って頭を下げてしまう始末だ。
「娘を助けてくれた恩人に、直接感謝を伝えたかった。ありがとう、レダ・ディクソン」
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