34「レダと国王」①
「――え? ええっ!? うそ、国王様? 本物?」
「無論、本物である。今日はお忍びで参られた」
ザルドックの言葉にレダが唖然とした。
誰が、こんな辺境の町の、小さな診療所にわざわざ足を運ぶ国王がいるというのだ。
「と、ととととと、とりあえず、お、お座りください」
「うむ。すまんな」
「自分は護衛ゆえ、立ったまま失礼致す!」
「あ、はい」
レダは緊張しながら、椅子に腰をおろした。
患者用の椅子に、国王を座らせて向かい合っている状況に、頭が沸騰しそうだった。
(国王って、なんで? どうして? ヴァレリー様も事前に言ってくれればいいのに!)
と、抗議しようと傍に立つヴァレリーに視線を向けると、彼女が笑顔のまま硬直していることに気づく。
(そっか。ヴァレリー様も、ヴァレリー様で、このよくわからない状況に驚いているんだな。……さて、話を進めないと)
「そ、それでですね、国王様が俺なんかにどんなご用件が?」
恐る恐る尋ねたレダに、国王本人が答えた。
「アストリットのことだ」
「――っ」
国王の言葉にレダが身構える。
アストリットの冷遇はすでに知っている。
国王であり、父親である彼は、彼女になにかしたわけではないが、同じくらいなにもしなかった。
父親でありながら、娘の治療を早々に諦めてしまったのだ。
キャロラインが懸命にアストリットを案じて治療方法を探していなかったら、彼女はずっと暗闇に囚われたままだっただろう。
突然すぎる国王の来訪に驚いていたレダだったが、身を引き締め国王を直視する。
ひとりの親として、言ってやりたいことは山のようにあった。
(たとえ不敬罪になったって言ってやる! じゃないと、アストリット様がかわいそうだ!)
レダは勇気を振り絞って声を出した。
「俺は、あなたに言いたいことがあります」
「聞こう。なんでも言ってくれ」
「……では、遠慮なく言わせていただきます。どうして、アストリット様をお見捨てになったんですか! たとえ、傷が治せなかったとしても、もっと親として他に何かできるとはおもわなかったんですか!」
レダは国王がアストリットを見限ったことが、とにかく気に入らなかったため、それを言わずにはいられなかった。
声を荒らげたレダに対し、国王はもちろん、騎士団長さえ「不敬だ!」と責める気配はなかった。
むしろ、表情を曇らせているように見えた。
そして、返事を待つレダに向い、国王は、
「すまないと思っている」
絞り出すように、小さな声を出したのだった。
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