32「来訪者」①
「アスト様、向こうも手伝ってもらっていいですか?」
「任せてちょうだい!」
診療所で、手際良く治療を手伝ってくれるアストリットは、レダだけではなく、住民たちに「アスト様」と呼び慕われていた。
彼女は今日も診療所を訪れ、レダたちを手伝い、人々と交流する。
血で汚れることに嫌な顔ひとつ浮かべることなく、目に映る全てが新鮮だと言わんばかりに様々なことに挑戦していく姿は見習いたいものがある。
「じゃあ、俺は外回りをしてくるから、診療所は任せるよ」
「ああ、任せておけ」
「うん。大丈夫」
白衣のまま、手提げバッグを持って、動けない患者のための自宅訪問にレダが出かける準備をすると、ネクセンとユーリに声をかける。
彼らも、すっかり診療所の仕事に慣れている。
若干、今でもわだかまりは残っているものの、ふたりの態度に考えを改めた住民は多い。
レダもふたりのことを信頼しているので、こうして診療所を離れられる。
「パパっ、お待たせ!」
今日の付き添いはルナだ。
彼女はなぜかピンク色のミニスカートに身を包んでいる。
褐色の肌が、生地の色に映えてよく似合っている。が、少々スカートの丈が短いような気がしなくもない。
しかし、指摘したほうがいいのか、不用意に口に出していいものかと悩んだ結果、ルナが不要に下着を見せることはないと信じて、黙っていることにした。
「ふふふっ、診察デートね」
「あのね。そういうんじゃないから」
「ぶー。パパのいけずっ」
腕を絡めて、身体を押し付けてくる娘に苦笑しつつ、レダは受付のヴァレリーとヒルデガルダに声をかける。
「じゃあ、いってきます」
「うむ。いってこい。診療所は私たちに任せておくといい」
「いってらっしゃいませ、レダ様、ルナちゃん」
「いってきまーす」
挨拶を交わすと、娘と腕を組んだまま診療所の外へ。
レダの日常はいつものように始まったのだった。
◆
診療所の診察時間がそろそろ終わる頃、ひとりの男性が診療所の中に入ってきた。
その男は特に怪我などしていないようだった。
体格で男だ、とわかるものの、ローブを深々とかぶっていて顔がはっきり見えない。
しかし、ローブの隙間から見える衣服から、身なりがいい人物だとわかった。
彼は、治療を求めていないのか、受付に足を向けることなく、待合室の中を誰かを探すように見回していた。
「あの、どうなされましたか?」
ひとりで受付をしていたヴァレリーが、男に問う。
もしかしたら、診療所のシステムを知らずに戸惑っていると思ったのだ。
「お困りでしたら、お手伝い致しますわ。本日はお怪我ですか?」
「親切にかたじけない。自分は怪我などしておらぬ」
「それはよかったです。では、診療所になにか御用でも?」
「――レダ・ディクソン殿はおられるか?」
「もちろんですわ。ですが、レダ様は、診療中です」
「……少し考えればそうであったな。失礼した」
男はそれだけ言うと、ヴァレリーに頭を下げてから背中を向ける。
「あの、レダ様になにか御用ですか?」
ヴァレリーが男の背中に問いかけると、彼はこちらを向き、頷いた。
「うむ。我が主人が、レダ・ディクソン殿にお会いしたいのだ」
「そうでしたか……治療が必要なのであれば、ご本人を連れてきてくだされば診察致しますわ。動けないのであれば、あとでレダ様が伺ってくださいます。ですが、まず受付をお願いしたいのですが」
「ああ、いや、誤解させてしまい申し訳ない。我が主人は治療を必要としているわけではないのだ。ただ――レダ・ディクソン殿と話がしたい、それだけなのだ」
レダに会いたいと望む男に、ヴァレリーがわずかに警戒した。
今までレダと面談を望むものはいた。
多くが、引き抜きだ。
貴族や商人、他の領地に彼を引き抜こうというものだった。
ヴァレリーは領主の妹として、いや、レダを慕うひとりの女性として、彼と離れることを望まないゆえに、すべて断りを入れている。
しかし、この男からは、引き抜きの類の雰囲気がない。
「もしや、回復ギルドの方ですか?」
可能性としては低かったが、一応尋ねてみると、男性は首を横に振った。
「いいや、違う。自分は、騎士である。王国に仕えるひとりの騎士である」
「国に使える騎士様……その主人とは、まさか――っ」
なにかを察したヴァレリーが驚きに目を見開き、口を押された。
男はローブから覗く口元に指を当てる。
「静かにお願いしたい。主人はお忍びでこの町に来られているのだ。突然の来訪には謝罪致す。だが、どうしても秘密裏にレダ・ディクソン殿とお会いしたい。どうか、彼にお伝え願えないだろうか?」
「……はい。かしこまりました」
「不躾なお願いを受け入れてくださり、感謝致す。診療時間が終わるころ、今度は主人を連れてくるゆえ、どうかよろしくお願い申す」
男はそう言い残すと、ヴァレリーに一礼して診療所をあとにする。
残されたヴァレリーは、診察室で診療するレダにこのことを早く伝えなければ、と内心慌てるのだった。
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