31「一週間後のアムルスで」
アストリット・ウインザードがアムルスの暮らしを始めて、一週間が経過した。
彼女は、ローデンヴァルト辺境伯の家に、遠縁の親戚ということにして滞在している。
名目は、療養としているが、あながち間違っていない。
アストリット本人は、健康であり、顔を覆いつくす怪我も消えたことで、王族とは思えない気やすさと明るさを持って、アムルスの人たちと接していた。
町の人たちも、アストリットを王族だとわかっていても、気軽に接してくれるためあっという間に打ち解けて、ヴァレリーと同じような距離感となっている。
そんな彼女の近くには、常に護衛としてテックスがいてくれる。
冒険者の多いアムルスの中で、多くの経験を積んだAランク冒険者である彼は、冒険者ギルドはもちろん、ティーダからの信頼も厚い。
気さくで、面倒見がよく、人のいいテックスはアストリットとうまくやっており、問題はないようだ。
レダは診療所に戻り、治療に励む日々を送っている。
彼の傍には、同僚のユーリとネクセン、アダムス医師に薬師の魔女メイベルがいてくれるので、診療所も順調だ。
家族のルナとヒルデガルダ、勇者ナオミが診療所を手伝ってくれるので、毎日訪れる患者をしっかり癒すことができる。
最近、学校に通い始めたミナは、さっそく友達を増やして毎日が楽しそうだった。
そんなレダたちのもとに、アストリットは毎日顔をだしていた。
自分を治してくれたレダに興味があるらしく、最初は彼の仕事を眺めているだけだったが、「邪魔なんですけどぉ」と、ルナに言われると診療所の仕事を手伝うようになった。
レダはもちろん、テックスや、一緒にいることの多いヴァレリーは王女にそんなことをと、戦々恐々していたが、当の本人は汗を流しながらやりがいをかんじているようだった。
「誰かのために働くのって気持ちいいわね!」
そう笑顔で言うアストリットには、もうかつての影はない。
初対面の人なら、彼女を王族だとは思わないだろう。
よく笑い、よく動き、よく食べ、よく眠る。
診療所を手伝い出したのをきっかけに、住民たちとの距離もあっという間に縮めてしまい、最近では奥様たちの井戸端会議に混じったり、子供たちに混ざって追いかけっこをしたりしていることもある。
アストリットは、実に健康的な一週間を過ごしていた。
「アストリット様は、もともとこういうお方ですわ」
そう苦笑するのはヴァレリーだった。
彼女はアストリットと、この一週間ですっかり親しくなり、かつての友情を取り戻していた。
ヴァレリーはアストリットに、かつて自身も火傷で苦しんでいたことを語った。
話を聞き終えたアストリットは、ヴァレリーに「自分だけが不幸だと思ってごめんなさい」と謝罪し、再会してからの態度を謝罪した。
といっても、ヴァレリー自身は、アストリットに思うことはない。
光を失い、顔に深い傷があったのだ。同じ女性として、荒れ狂うアストリットの気持ちがわかるからだ。
そんなアストリットは、現在ミナの部屋にいる。
診療所を手伝ってくれたお礼として、夕食を振る舞ったレダたちと食後の雑談を楽しんでいたのだが、ミナが学校の宿題があるというと「じゃあ、見てあげるわ」と言ってくれたのだ。
現在、テーブルにいるのはレダとヴァレリー、護衛を休憩中のテックスだけで、ルナとヒルデガルダもミナの部屋に来ていった。
ミナは新しい姉ができたようにアストリットに懐いていて、ちょっとルナやヒルデガルドが嫉妬してしまうほどだ。
だが、険悪になることはなかった。
レダとしては勘弁してほしいのだが、ルナとヒルデガルダは、アストリットから「王家のテクニック」なるものを教わっているらしい。
なんでも、世継ぎを残すことを義務付けられている王族には子作りに関するあれこれが、秘伝として代々伝わっているらしい。
(そんなことを教わってどうするつもりなのかな!?)
と、レダは内心絶叫しているのだが、女子たちの会話を止める勇気もなく、息を殺しひっそりしていることしかできなかった。
「そういえば、レダ様、王都のことはお耳に入っていますか?」
「少しだけなら。キャロライン様がなかなか過激にやっているみたいですね」
「それもそうなのですが……先日の刺客だったメイドと騎士のご家族が処罰されたそうですわ」
「それって、やっぱりそういうことですよね」
レダの表情が曇る。
先日、他ならぬレダが阻止した暗殺を企んだのは、男爵家の次女のメイドと、子爵家三男の騎士だったとあとから聞いた。
いくら盲目であろうと、アストリットは王位継承権を持つ王族であり、キャロラインは王妃だ。
命を狙い、失敗すれば、どのような結末が待っているかは子供でもわかる。
「あー、確か、メイドの実家の男爵家は当主が処刑されて、家は取り潰されたって聞いたぜ」
紅茶をちびちび飲んでいたテックスが思い出したように言うと、ヴァレリーが補足した。
「メイドには姉がいて、伯爵家に嫁いでいたそうですが、離縁されたようです。他にも、次期当主の弟がいたそうですが、母親と一緒に実家を頼ろうにも絶縁されてしまい露頭に迷っているそうですわ」
「あのメイドはどうしていますか?」
「お兄様が言うには、まだ情報を持っている可能性があるので尋問の繰り返しらしいです。そのあとは……」
「ま、王族を殺そうとしたんだ、自業自得だわな」
「そう、ですね。少し、後味が悪いですが、あそこでアストリット様を殺させるわけにはいきませんでした」
レダは自分の行動が間違っていたとは微塵も思っていない。
それでも、当事者はさておき、その家族には少なからずの同情はしていた。
「騎士の兄ちゃんの家も同じようだぜ。長男と次男も騎士団にいたんだがもちろんクビだって話だな」
「そういえば、メイドと騎士はグルだったんですか?」
「いや、メイドの情報だと知らなかったらしいぜ。ま、依頼主が保険をかけたってことだろうな」
「嫌な話ですね」
「ったくだ」
結果として、アストリットとキャロラインは無事で、男爵家と子爵家が取り潰され、路頭に迷う人間が出た。
黒幕は未だ野放しだ。
(あのメイドも、騎士も、少しだけでいいから、家族のことを考えなかったのかな?)
死んでしまった騎士は不明だが、ティーダの尋問でメイドの動機はわかっている。
金と、爵位の上の相手に正室として輿入れができるという条件だったらしい。
他にもいろいろ優遇される将来を約束されていたらしいが、すべてご破産だ。
ティーダ曰く、第三夫人マイラは、刺客など送っていないと断固として認めないようだ。
だが、キャロラインはそれらはすべて想定済みのようで、とくに問題はないらしい。
現在、王都ではキャロラインとマイラの戦いの真っ只中である。
(やれやれ、しばらく王族には関わりたくないな)
レダは治癒士だ。
誰かを救うためなら身分など関係ない。
だが、できることなら、政治的な戦いには巻き込まれたくないと心底思うのだった。
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