26「刺客」②
刺客は根気強く、一番油断した瞬間を待っていたのだろう。
レダだけではなく、誰もが警戒心を薄くしていた瞬間だった。
治療を終え、一日が過ぎ、誰もが気を緩めたとき、行動に移したのだ。
敵ながら見事としか言えないが、レダとしては罵詈雑言を吐き捨てたい。
アストリットも、キャロラインも背後でメイドが動いたことに気づいていない。
ただ、レダが大きな声を出したから、何事かと目を丸くしているだけだ。
隣でナオミが動いた。
しかし、レダのほうがすでに動き出している。
「お覚悟っ!」
メイドが叫び、短剣を振り上げた。
レダは椅子を蹴り飛ばし、テーブルの上を滑る。
アストリットと刺客の間に着地すると、メイドの腹を蹴り飛ばした。
「――ぐっ」
数歩後退する刺客だったが、彼女の目に諦めが浮かぶことはなかった。
むしろ、まだやる気だ。
短剣を構え、突進してくる。
「邪魔をっ、するな!」
アストリットを庇うように手を広げるレダを排除対象と決めたのだろう。
ナイフを容赦なく突き出してくる。
「レダ! 受けるな! 毒が塗ってある可能性がある!」
ティーダの叫びに、レダは対応する。
迫りくるナイフを紙一重で交わすと、刺客の手首を掴んで背後に回る。
そのままメイドを地面に這いつくばせると、そのままナイフを持つ腕を容赦なく、足で踏み下ろしてへし折った。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああっ!」
絶叫とともに、メイドの手からナイフが落ちる。
「パパっ、これを使って!」
「ありがとう!」
ルナが紙紐を投げてくれたので、受け取る。
激痛にのたうち回るメイドの腕を後ろで縛り、拘束すると、武器を隠し持っていないか探る。
幸いというべきか、メイドはナイフ一本しか持っていなかった。
「よくやってくれた、レダ。これで――」
ティーダが安堵の息を吐き出そうとしたとき、
「アストリット様っ、お覚悟ぉ!」
テラスの扉を蹴り破り、甲冑を着込んだ騎士が剣を構えて襲いかかってきた。
「まだいたのかよ!」
レダが悪態をつき、身構える。
が、それよりも早く動く人物がいる。
「私に任せるのだ!」
ナオミだった。
彼女は、騎士の前に立つと、目にも止まらぬ速さで動く。
あっという間に騎士から剣を奪うと、流れるようにそのまま剣を振るう。
騎士は甲冑を着込んでいたにもかかわらず、綺麗に横一線に両断されてしまった。
「きゃぁあああああああああああああっ」
アストリットの悲鳴が響く。
二分割にされた騎士が、テラスから落ち、地面に嫌な音を立ててぶつかった。
「動くなっ!」
レダの叫びに、他のメイドも、テラスの外で待機していた騎士たちも動きを止める。
「少しでも動いたら、刺客と判断して、俺の魔法がお前たちを襲うぞ」
レダの明確な敵意を持った声音に、逆らう者は誰ひとりいなかった。
「キャロライン様! アストリット様! お怪我はありませんか!?」
ティーダがふたりに駆け寄り、膝をついた。
「我が屋敷で、このようなことが起きてしまい、申し訳ございません!」
「い、いえ、驚きはしましたが、大事ありません。このメイドはわたくしが連れてきた者です。それに、ディクソン殿とナオミ殿に助けていただきましたわ。わたくしがローデンヴァルト辺境伯を責めることは致しません」
「はっ。感謝致します」
キャロラインの言葉に、ティーダは安心した表情を浮かべた。
彼自身も気を緩めたときの襲撃だったのだろう。
「アストリット様、大丈夫ですか?」
「え、ええ、ありがとう……レダには二度も救ってもらってしまったわね。感謝してもしきれないわ」
「とんでもない。ご無事で何よりです」
「ナオミもありがとう」
「――うむ!」
命を狙われた動揺からか、硬直したままのアストリットにレダが声をかけると、戸惑いながらも返事があった。
とにかく無事でよかった、とレダは思い、大きく息を吐き出した。
「王族って大変ねぇ。それでぇ、このメイドはどうするのぉ? サクってやっちゃう?」
未だ、腕を折られた痛みで呻くメイドを見張りながら、ナイフを構えるルナが問う。
ヒルデガルダも携帯していた短剣を手にして警戒している。
「その女は私が預かろう」
そう言ったのはティーダだった。
「少し時間をくれれば、黒幕を吐かせてみせよう。キャロライン様、よろしいでしょうか?」
「……お任せ致します」
「――はっ」
恭しく一礼した彼は、倒れるメイドの襟を掴んで引きずっていこうとする。
「あ、腕の治療をしておきましょうか?」
レダが、未だ呻くメイドを見て提案するも、ティーダからの返答は、否、だった。
「必要ない。このくらいでは死ぬことはないさ。では、キャロライン様、アストリット様、私はしばらく抜けさせていただきます。ヴァレリー、あとは頼んだぞ」
「はい、お兄様」
ティーダはそう言い残すと、メイドを引きずってテラスを後にした。
彼がこれからメイドになにをしようとしているのか予想できたレダは、少しだけ顔をしかめるのだった。
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