25「刺客」①




 アストリット王女は、光を取り戻したことで、まるで別人のようになった。


 心は穏やかで、気性が激しかった昨日までの面影はない。


 今はティーダの娘たちと遊び、屋敷の庭を散策し、ローデンヴァルト夫人であるガブリエラの趣味で作った花壇の花々を見ては、楽しそうにしている。




 また、王女だが、気さくにルナとヒルデガルダにも声をかけ、エルフの存在に驚きもしていた。


 あと、ルナが余計なことを言ったみたいで、レダに信じられない、とばかりの視線を送っていたが、あの子はなにを言ったのか気になるも怖くて聞けなかった。




(まるで十代のように好奇心旺盛だね。かわいらしい、って言ったら不敬になっちゃうかな?)




 護衛の騎士、ナオミたちと一緒にアストリットを見守っているレダはそんなことを思った。


 きっと、光を失った瞬間から、彼女の時間は止まっていたのだろう。


 そう思うと、胸が痛くなる。




「ねえ、レダ! 喉が乾いちゃった」


「わかりました。用意してもらうように伝えます」


「あ、私、二階のテラスでお茶したいわ」


「承知しました」


「もうっ、もっと気軽に返事してよ。あなたは私の恩人なんだから、変に気負わないで」




 レダの対応に不満を抱くアストリットが頬を膨らます。


 二十代の女性にしては子供のような仕草ではあるが、違和感はあまりなかった。


 レダは苦笑すると、




「わかりましたよ。じゃあ、お茶にしましょう」




 言葉ではなく、態度を崩すことで返事をする。


 それをよしとしたのか、アストリットも不満顔をやめてくれた。


 しかし、周囲にいる騎士たちや、メイドからの視線が厳しいものになる。




(ま、それはそうだよな。仮にも一国の王女に、どこの馬の骨だかわからないおっさんが気軽に話しかけるって言うのは、本来、いけないんだろうね)




 とくに騎士の視線には敵意さえ感じる。


 が、知ったことではない。


 今は、アストリットのことを優先して考えると決めているのだから。




「ナオミもいきましょう。大丈夫よ、もう刺客なんてこないわ。来るならとっくにきてるわよ」


「うむ。じゃあ、私もお茶をいただくのだ!」




 当初の出会いこそよくなかったが、今ではアストリットとナオミは親しくなっていた。


 王女なのに気さくなアストリットと、誰に対しても変わらず接するナオミとの相性はよかったようだ。


 レダたちは、二階のテラスに移動する。




「はぁ……お茶が美味しいわ。あんなに動き回ったのは久しぶりだったから、喉がカラカラよ」




 アイスティーを口に含み、笑顔を浮かべるアストリットを囲むように、レダ、ルナ、ヒルデガルダ、ナオミ、そしてキャロライン、ヴァレリー、ティーダがテーブルに腰を下ろしていた。


 騎士はテラスまでは来ず、メイドが三人、給仕のためにいるだけだ。




 彼女たちは、キャロラインが王都からつれてきたメイドらしい。


 メイド、と言っても、貴族の家の出らしい。


 王宮に勤めるメイドの大半が、貴族の次女、三女というと聞いた。


 それゆえに身元もしっかりしているので安心できるとキャロラインは言う。




 紅茶を飲みながら、レダはアストリットを見守っていた。


 彼女は楽しそうに、ヴァレリーとルナたちから、アムルスの町について聞いている。


 町の人々の話、レダが移住し、診療所を始めた話などをするヴァレリーに、アストリットは興味深そうに頷いていた。


 キャロラインも同じようで、辺境伯が力を入れる町がどのような町なのか気になる様子だ。




(きっと刺客も来ないだろうな。考えすぎだったか)




 レダはそう思うようになっていた。


 治療してから数時間が経つが、未だ刺客の影はない。


 怪しい人物も、屋敷を警護するテックスたちは見つけていないし、屋敷内にいる騎士やメイドも身元がはっきりしているので、そう警戒する必要がないかもしれない。




(俺は王族には詳しくないけど、いくら王位継承権を持っているからって、長年伏せっていたアストリット様が今さら王を目指すのは難しいだろうし、そんな願望があるようにも思えない。他の王位継承者も、アストリット様を今さら相手にしないのかもしれないな)




 以前のアストリットは知らないが、盲目となった彼女が政治活動をしていなかったことくらいわかる。


 噂混じりの話だが、聞く限り、アストリットの扱いはあまり良いものではなかったとも聞いている。


 なら、今さら彼女を問題視している人間はいないだろう。




 逆に、気になるのは、キャロラインのほうだ。


 彼女を追い落とそうとしている勢力があることはティーダから聞いている。


 だが、この場に騎士やメイドを連れてきたのは、他ならぬキャロラインだ。


 自分と、愛娘を危険に晒すようなことはしないだろうと思える。




(テックスさんたちの護衛は必要だし、俺もそばにいるのは変わらないけど、そろそろ警戒を解いていいのかもしれないな)




 気を抜いたわけではない。


 だが、どこか安心していた。


 そんなときだった。




「――は?」




 レダは己の目を疑った。


 なぜなら、アストリットの背後に立つメイドが、懐から短剣を抜いたのだ。




「ちょ――嘘だろっ! このタイミングでかよっ!」








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