22「治療を終えて」③



「ところでレダ様」


「はい?」


「新しい回復魔法を取得していたのですね」




 ヴァレリーの疑問に、レダは頷いた。


 そう。レダは、この日のために、万全を尽くそうとしていたのだ。


 生活改善はもちろんのこと、もっと強力な回復魔法を求めたのだ。




「はい。古い傷を治すには、強力な回復魔法が必要だとわかっていましたから。ヒール系最大のエクストラヒールを覚えておきました」




 だが、不安もあった。


 レダのエクストラヒールは完全なものではない。


 まだ取得したての未熟なものだったのだ。


 ゆえに、賭けの部分はあったが、レダは見事アストリットの治療に成功した。


 レダは、きっと愛娘ミナの加護のおかげもあったのだろう、と感謝している。




「まさかエクストラヒールを使うことができるとは……覚えることのできる人間は限られていると聞くが?」




 ティーダの問いかけに、レダは応える。




「俺にも使える確証はありませんでした。そもそも、エクストラヒールを必要とする患者は、今のところこの町にはいませんでしたし」


「確かに、試しようがないな」


「ええ、ですから、王妃様には申し訳ありませんでしたが、ぶっつけ本番でした」


「いや、構わないだろうさ。結果を見れば、レダは見事にアストリット様をお救いになった。誰も文句を言うはずがない、もしそんなことを言う人間がいたら、私が許さない」




 ティーダの心強い言葉に、レダが笑顔となる。


 貴族と平民という差があっても、彼はレダを友人として大事にしてくれる。


 それが嬉しかった。




 そんなやりとりをしていると、ゆっくりと部屋の扉が開かれ、キャロラインが現れた。




「――キャロライン様」




 慌てて膝をつこうとするティーダを、彼女が制した。




「ローデンヴァルト辺境伯、ヴァレリー、勇者ナオミ殿、そしてディクソン殿……この度は娘のためにありがとうございました」




 王妃は四人に向かい、深々と頭を下げた。




「お、おやめください。キャロライン様が、我々に頭を下げるなど!」




 驚き、慌てたのはティーダだった。


 貴族の当主である彼にとって、王妃に頭を下げられてしまうのはいろいろ問題があるようだ。


 ヴァレリーも、言葉こそ発しなかったが、恐縮しているようだった。


 平然としているのは、よくわかっていないレダと、「うむ」と胸を張っているナオミだけだ。




「わたくしだからこそ、です。あなたたちのおかげで、アストリットが救われました。数年の苦しみをなかったことにはできないでしょうが、これからの長い人生を謳歌することができます」


「あの、キャロライン様、アストリット様はいかがしておられますか?」




 ヴァレリーの質問に、王妃は頬を緩めた。




「あの子は泣き疲れて眠ってしまいました。よほど、今まで気を張り詰めて過ごしていたのでしょう。盲目、顔の傷、それにともなう将来の不安などから解放され、安心しているようです。あの子の、あんな穏やかな寝顔は数年ぶりに見ました」




 そう言うキャロラインの目元も赤い。


 母娘で喜びを分かち合い、泣いたのだろう。


 今後、親子の仲がよいものとなってくれればいいとレダは願う。




「アストリットが目を覚ましたら、お風呂をお貸しください」


「もちろんです。食事も用意してありますので、どうぞお寛ぎください」


「ありがとうございます、ローデンヴァルト辺境伯殿。あと、その、ディクソン殿」


「はい。なんでしょうか?」




 少し、不安そうなキャロラインにレダが身構える。




「あなたにご家庭があることは存じております。ですが、わたくしたちがローデンヴァルト辺境伯のお屋敷に滞在している間、ディクソン殿にいていただけると安心するのですが構わないでしょうか?」




 と、言った王妃が、慌てて訂正の言葉を入れる。




「いいえ、あなたの治療を疑っているわけではありません。そうではなく、アストリットもディクソン殿がそばにいたほうが安心できると思うのです。どうかお願い致します」


「もちろんです。アストリット様とキャロライン様がそうお望みなら、そうさせていただきます」


「――ありがとうございます」




 快諾したレダの手を取ったキャロラインは、祈るように感謝し、瞳を潤ませる。


 美女の涙に戸惑ってしまうレダだったが、自制心を総動員してなんでもないよう取り繕うことに成功した。




「キャロライン様、アストリット様がお目覚めになられるまで別室でお体を休めてはいかがでしょうか?」




 ヴァレリーの提案に、王妃は首を横に振る。




「ありがとうございます。ですが、娘が目を覚ましたときに、そばにいてあげたいのです。ご迷惑でなければ、このまま、この部屋にいさせてください」


「それはもちろん構いませんが、ねえ、お兄様」


「もちろんです。好きなようお過ごしください。食事やお茶が必要であれば、なんなりとお申し付けください」


「重ね重ね感謝致します」




 キャロラインはローデンヴァルト兄妹に感謝すると、そのまま部屋の中に戻っていく。


 彼女の言葉通り、今は少しでも娘のそばにいてあげたいのだろう。


 きっとアストリットも、目を覚ましたとき、母親がいてくれれば心強いだろう。




「レダ、すまないが、しばらく屋敷に滞在してもらうことになった。部屋は用意してあるので、そこを使ってくれ」


「はい。あ、でも、家族に連絡は入れさせてください」


「もちろんだ。では、私たちは、一度この場から離れよう。廊下でいつまでも喋っていたら、王妃様の邪魔になるだろうしな」


「そうですね」


「私はここに残って護衛するのだ!」




 部屋から離れようとしたレダたちに、ナオミがそう言ってくれる。


 彼女をこの場にひとり置いておくのは忍びないが、護衛としていてくれるのは心強い。




「いいのか?」


「うむ。私は護衛なのだからな! それに、レダは少し休んだほうがいいのだ。魔力がかなり減っているように見える。回復させないと、調子悪くなってしまうのだぞ」


「――レダ様?」


「あはははは、ナオミには敵わないな。じゃあ、任せるよ。でも、無理はしないように。あとで、俺も交代するからさ」


「わかったのだ!」




 部屋の前の廊下に座り込んだナオミに見送られて、レダたちはその場を後にする。


 ナオミの言葉通り、レダは魔力消費が大きかったことから、若干体調が悪かった。


 それを知り、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるヴァレリーと、ティーダとその家族と一緒に食事をとると、不調は回復した。


 深夜になり、護衛の交代をナオミに申し出るレダだったが、「一晩くらい平気なのだ。魔王との戦いでは数日寝ないでぶっ通しで戦っていたのだからな!」と自信満々なナオミに甘え、休ませてもらうこととなった。


 そして、その日はなにも問題が起きることなく、翌朝を迎えた。






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