23「穏やかな時間」①
「来ちゃったっ」
軽く朝食を取り終えたレダが、食堂でティーダと一緒に、ヴァレリーからお茶をもらっていると、ここにはいないはずのルナとヒルデガルダが満面の笑みで入ってきた。
「ふふん、私も来てしまったぞ」
「……ルナ、ヒルデまで」
ティーカップを持ったまま硬直したレダは、どことなくルナくらいならローデンヴァルトの屋敷に押しかけるくらいすると薄々予想していた。
しかし、年長者であるヒルデガルダまで一緒になって来るとは思っていなかった。
「ルナはとにかく、ヒルデまで」
「ちょ、あたしはともかくってなによぉ!」
「私は、レダを心配してだな。それに、人間の王女とやらの治療がどうなったのかも気になっていたんだ。まあ、レダが失敗するとは思わなかったがな」
「あたしもパパが失敗するとは思ってなかったから!」
レダのことを信じていたと言ってくれる家族に、嬉しくなって、口元が緩んでしまう。
「あれ? じゃあ、ふたりともどうしてここに来たの?」
「そんなの、パパに会いたかったからに決まってるじゃない!」
「うむ。毎日顔を合わせているのに、レダがいないというのも変な感じがしてな」
「あたしなんて、パパがいなかったからあまり寝られなかったんだからぁ」
つまり、ふたりともレダが恋しくなって会いに来てしまったのだ。
レダも、ここに来るなとは言わなかったが、まさか王族の滞在中に屋敷に来るとは思っていなかったのだ。
「お、お待ちください! ま、ま、まさか、ルナちゃんはレダ様とご一緒に寝ているのですか!?」
「――そ、それはですね、いろいろ事情がありまして」
目を大きくし、問うてくるヴァレリーにレダが慌てる。
娘とはいえ、成人した少女と一緒に眠る父親などそうそういない。
変な誤解をされたら大変だと、言い訳しようとするが、
「ふふーんっ、羨ましいでしょう。パパったら、毎晩すごいのよぉ」
整った唇を、ぺろり、と舐めてルナが誤解を多分に含んだ過激な発言をしてしまう。
「――ちょ、ルナ!」
聞いた者によっては大きな誤解をしてしまうだろう。
実際、ティーダはお茶を吹き出し、咽せている。
「あのですね、ヴァレリー様! ルナの言うことは」
誤解を解くべく、レダが言葉を発しようとすると、ティーポットを持ったままのヴァレリーがプルプルと震え出した。
「――う」
「う?」
「なによぉ」
「羨ましいですわ!」
「え? ヴァレリー様?」
まさかのヴァレリーの発言に、レダが驚き、ティーダが額に手を当て嘆息する。
「わ、わたくしだって、レダ様とご一緒に……ベッドの中で、あ、あーんなことや、こーんなことをっ!」
「あらぁ、無理しなくていいのよぉ。育ちのいいお嬢様には、あたしの真似なんてできないんだからぁ」
「そっ、そんなことありませんわ!」
不敵に笑うルナと、目尻に涙を溜めて虚勢を張るヴァレリーが睨み合う。
「やれやれ。ルナはレダと久しぶりに会えたのが嬉しくてしょうがないようだ」
「あのね、久しぶりって、一日離れていただけでしょうが」
「ルナにも、私にとっても、それだけ時間があれば心がお前を求めてしまうのさ。まったく、レダは妻を蔑ろにしすぎだ」
「いや、妻って……あれ?」
「なんだ?」
「そういえば、ミナはどうしてるの?」
ルナ、ヒルデガルダときて、もうひとりの家族のミナがこの場にいないことにレダは不思議がる。
「ミナなら学校に行かせたぞ。あの子もレダに会いたがっていたが、せっかく学校に通いだしたのだからサボらせるのもよくないと思ってな」
「ありがとう。……で、君たちは診療所はどうしたの?」
「サボってはいないぞ! ネクセンとユーリが任せろと言ってくれたから、甘えただけだ!」
そう説明するヒルデガルダに、レダはやれやれ、と頷いた。
手伝いが二名減ったが、ネクセンとユーリは大丈夫だろうか、と診療所を憂う。
とはいえ、彼らも今まで治癒士として活動していたのだ、問題なく診療所を回してくれると信じている。
(ルナとヒルデが来たおかげで、賑やかになったなぁ。さっきまで、どこか張り詰めていた感じがあったし)
王族の滞在、現れるかもしれない刺客などを気にして、必要以上に気が張り詰めていた自覚をした。
家族の登場によって、レダはもちろん、ヴァレリーも、ティーダもいつもの雰囲気を取り戻したように思えた。
「あらあら、この屋敷はとても賑やかですわね」
すると、苦笑を含んだ穏やかな声が聞こえ、食堂の入り口を振り向く。
そこには王妃キャロラインが、王女アストリットと勇者ナオミを伴い現れたのだ。
「おはようございます、皆様」
笑顔を浮かべる王妃は、優雅にそう挨拶をした。
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