18「治療」②




(――っ、これは酷い)




 声が出なかったのは、奇跡だった。


 アストリットの顔には、目元を中心に横一閃に斬られた深い傷が残っている。


 鋭利な刃物ではなく、無骨な刃などで斬られたと思われる傷だ。




(これじゃあ、視力も失うのも無理はないな)




 治癒士であって、医療関係には素人のレダでさえ、一目見ただけで失明するに値する怪我だと判断できた。


 視力を失ったこともだが、怪我を負った当時は、痛みも酷かったはずだ。




 王族、王女などと聞くと、華やかな印象を抱いてしまうのが平民というものだが、アストリットのように王族ゆえに命の危機に陥り、命が奪われずとも、視力を奪われてしまった女性を見ると、平民に生まれたことに感謝したくなった。




「――見ないで!」




 アストリットが叫ぶ。


 顔を見られたくないのだろう。必死に手足を動かそうとするが、ナオミによって縛られた四肢が自由になることはない。




(一刻も早く治療をしないと……できる、できないじゃない、治さないと駄目だ。このままだと、アストリット王女はずっと苦しみ続けることになる)




 レダは、体内に魔力を巡らすと、アストリットに再び手を伸ばし、傷跡の残る目元に手を置いた。


 刹那、アストリットが暴れる。




「やめて! 触らないで! どうせ治療なんてできないんでしょ! やめてっ、お願いだから!」




 ついに懇願をはじめたアストリットだったが、彼女のその悲痛な叫びをレダはすべて無視をする。


 罵倒されようが、懇願されようが、もうレダはすべきことを決めている。


 そのあとの叱責は、すべて事が終わったあとに受けよう。




「治療をはじめます」


「――やめて! 無駄なことをしないでっ! 私をこれ以上絶望させないで!」


「いいですね?」




 レダは暴れる王女ではなく、見守る王妃に確認を取る。


 キャロラインは、娘を一瞥すると、願うように手を合わせ、頷いた。




「お願い致します」




 母の声を聞き、驚いたように硬直したアストリットだったが、再び暴れはじめた。


 治療されたくない。


 どうせ無駄なのだから、そっとしておいてほしい。


 そんな痛々しい彼女の心が、伝わってくるようだ。




「お母様! やめさせて! お願い! もう無理だってわかっているでしょう! これ以上、私を苦しめないでよ!」




 深い傷跡に覆われた瞳からは、涙さえ流すことができない。


 そんなアストリットは、今までどんな気持ちで生きてきたのだろうか。


 レダには想像することさえできなかった。




 レダにできることはたったひとつだけ。


 アストリットを癒すこと。




 彼女を助けたい一心で、レダは自分に使える最高の回復魔法を発動させた。






「――エクストラヒール」






 緑色の眩い光が、部屋を埋め尽くした。




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