19「治療」③




 最初に変化に気づいたのは、他でもないアストリット本人だった。




「――あ、うそ……」




 光が収まり、レダが王女から手を離すと、彼女は困惑したような声を出した。




「あ、うそ、うそうそ……そんな」


「あ、ああっ、あああああああああああああっ!!」




 未だ、信じられないと目を見開き続けているアストリットを目にしたキャロライン王妃が、その場に泣き崩れた。




「うそ、嘘よ、嘘でしょ! なに、なんなの、どうして、どうして――見えるの!?」




 レダは大きく息を吐き出した。




(――成功した)




 無事に、治療が終わったことから、レダは全身の力を抜き、椅子に深く座った。




(かなり魔力を消費したな。しばらく本調子じゃないかもしれないけど、そのくらいの代償なら安いもんだ)




 レダは笑顔を浮かべる。


 彼の視線の先には、傷はもちろん、傷跡さえ残っていない綺麗な顔をしたアストリットがいる。


 実に美しい、母キャロラインに似た顔がそこにあったのだ。




「治療は終わりました。ちゃんと見えているようですね」


「――ね、ねえ、ねえ、お願い、暴れないから、お願いします。腕を、自由にして、お願い! ちゃんと確認したいの!」


「わかりました。でも、ゆっくりですよ」




 レダは請われるままアストリットの拘束を解く。


 すると、弾かれたように彼女は、自らの手で自分の顔を触った。


 繰り返し、繰り返し、確かめるように、顔に触れ続けたアストリットの瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出してくる。




「あ、ああ……うそ、うそよ……傷がない、傷がないわ! 目が見える! 光が、私の手が、お母様も、みんな、全部、見えるの!」




 泣きながら、アストリットが手の届く物に触れていく。


 枕、シーツ、机や水差し、そのすべてを何度も触ったあと、レダを見た。




「ありがとう!」




 そして、アストリットはレダの腕の中に飛び込む。


 彼を力一杯抱きしめて、胸に顔を埋めた。




「ありがとう、本当にありがとう! 私を治してくれて、助けてくれて、救ってくれてありがとう!」




 繰り返し、感謝の言葉を口にするアストリットに、レダは恐る恐る抱きしめ返す。




「どういたしまして」




 腕の中で泣く女性は、王女と呼ばれていても、町で見かける同世代の女性と変わらないと思った。




 失明したことで自暴自棄となり、辛い日々を送っていた。


 いつしか、心が疲れ、荒れてしまった。


 そしてすべてに絶望した。




 そうなってしまうのも無理はない。


 アストリットは今でこそ二十代前半だが、顔に傷を負い光を失ったのは十代のころだ。


 一番多感な時代に、盲目になった彼女がなにを思い、なにを感じたのかは、彼女にしかわからない。


 だが、もし、レダが同じ境遇だったら、やはり同じように腐っていただろう。




 それがわかるからこそ、




「頑張りましたね。本当に治せてよかった。治ってくれて、ありがとう」




 レダも心から感謝する。


 自分に、治癒士の才能を与えてくれた神に。


 娘のために、必死になったキャロラインに。


 この出会い、全てに。




「本当に、治ってくれてありがとう」




 光を取り戻したアストリットを、強く抱きしめるのだった。






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