17「治療」①
「集中するからふたりきりにしろといって、いたずらしてきたわ。本当にふざけた奴だったわ! 私が抵抗したら、治療が失敗したって、私が協力的じゃなかったからだなんて言って!」
レダはもちろん、アストリットの過去に、ヴァレリーもナオミも言葉がなかった。
あまりにも酷い。
男を、治癒士を拒みたくなるのもわかる。
「その治癒士は、とある貴族に命じられてアストリットをたぶらかし、王家の血を欲したのです。無論、その治癒士も貴族も、処罰したので、もうこの世にいません。しかし……」
「私は治癒士も男も嫌いなのよ! だから、あんたにだって触られたくないし、治療だってされたくないの!」
(なるほど。そんなことがあれば、性格が攻撃的になるはずだ)
ひとつの自衛手段なのだろう。
かつてヴァレリーが心を殺すことで自分を守ろうとしたように、アストリットは自分を守ろうと周囲を敵と思いこんで牙を向いているのだ。
アストリットは呼吸を荒くして、レダを、治療を拒んでいる。
拒む理由も理解できた。
(だからって、治療をしない選択肢はない)
心情的には、このまま部屋から去りたい。
アストリットを苦しめたくないからだ。
だが、それでは、彼女の目も顔もそのままだ。
結局、彼女は苦しみ続けることになる。
(キャロライン王妃がいるから、不敬罪になることはないだろう。なら)
「わかったなら、早く消えて!」
「いいえ、それはできません」
「――っ、あんた! 私の話聞いてなかったの!」
「もちろん、聞いていました。王女様の過去には同情します。だけど、それが治療をしない理由にはなりません。安心してください。俺はあなたに酷いことはしません。ここには、王妃様もいます、ヴァレリー様もいます、一騎当千の勇者もいます。俺以外、みんな女性です」
だから、安心できる理由はないだろう。
だが、敵視している男は自分だけだ。
「だからなによ! 言っておくけどね! 無理やり治療して、なにも効果がありませんでした、なんてことになったら死んでやるんだから! 本当に治療する気なら、覚悟してやりなさいよ!」
「――お前な、いい加減にするのだ! レダはお前のためを思っているのに!」
「いいんだ、ナオミ」
「だけど!」
「ありがとう。いいんだよ。落ち着いて」
自分のために怒ってくれたナオミに感謝して、彼女の頭を撫でる。
「むぅ。レダが、そう言うなら」
納得はできていなさそうだが、ナオミはそれ以上なにも言わずに口をつぐんでくれた。
彼女はそのまま壁際に移動すると、もう知らない、とばかりに腕を組んで壁に寄り掛かった。
レダは、そんなナオミに、ごめん、と目配せすると、アストリットに近づき、ベッド脇に置かれた椅子に腰を下ろした。
「改めて、はじめまして。俺はレダ・ディクソンです。この町アムルスの診療所で治療士をしています。以前は、王都で冒険者をしていました」
「……だからなによ。会話して、私に警戒心を抱かせない、なんて馬鹿なこと考えているんじゃないでしょうね。それなら、無駄よ。今まで、何人の治癒士が同じことしたと思ってるの」
「あ、いいえ、そうじゃありません。自己紹介は大事かなって思ったので」
「なにそれ」
「あと、最初に謝っておきますね」
「な、なによ」
「俺はこれから王女様を治療します」
「だから! 私は!」
「ですから、謝っておくんです。俺はあなたの言い分は聞きません。思うことがあるのもわかります。王女様の境遇も理解しました。だけど、治療はします」
「――っ、あんた!」
「罵倒は治療が終わってからききます。では、失礼します」
レダは、言葉だけの断りを入れてアストリットに手を伸ばす。
途中、キャロライン王妃を一瞥すると、彼女は、力強く頷いた。
「待ちなさい! やめて、触らないで!」
「ここにはキャロライン様がいます。ヴァレリー様も、勇者ナオミもいます。俺がアストリット様に不埒なことなんてできやしません」
「そんなことを言ってるんじゃないの! やめて、触らないで! お願い!」
ついに懇願となったアストリットの声を無視して、治療するためにレダは包帯を取ろうと手を伸ばした。
自らが醜いと言った傷が露わになることを恐れたのか、アストリットが暴れ出す。
しかし、四肢を拘束されているためなにも抵抗にならない。
彼女もそれを理解したのか、代わりに、レダを口汚く罵倒する。
レダは気にすることなく、アストリットの顔に巻かれた包帯を手に取った。
「いやぁぁぁぁぁぁああああああああっ!」
刹那、アストリットの悲鳴が部屋の中に木霊し、彼女の顔が露出した。
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