15「アストリットの過去」①



「……ナオミ? 勇者ナオミ・ダニエルズ殿?」




 ナオミの口を塞ごうと慌てるレダの耳に驚きの声が届いた。


 声の主、キャロライン王妃に視線を向けると、彼女は口元に手を当てて、目を見開いていた。




「王都からお姿が消えたと聞いていましたが、まさかアムルスにいるとは思いませんでした」


「――あっ! 親がいたのだ! お前の娘はひどいのだ! モンスターでもあんなに凶暴じゃないのだ!」


「こら、ナオミ! やめなさい! めっ!」


「こ、子供じゃないからそんな怒り方をしないでほしいのだ。というか、なぜ私が怒られるのだ! 悪いのはあのモンスター娘だ!」


「も、申し訳ございません、キャロライン様! この子は少々態度が悪くて」




 抱きついてくるナオミを引き剥がし、レダは王妃に謝罪した。


 しかし、キャロラインは怒るどころか、苦笑いを浮かべただけだった。




「いえ、いいのです。実際、あの子は手のつけられない子になってしまいました」




 そう言う王妃の表情はどこか悲しげだ。




「境遇ゆえ、とわたくしも甘やかしたせいです。親として、謝罪させてください。申し訳ございませんでした」


「そ、そこまで言うなら、許してやるのだ!」


「感謝致します。ところで、あの子はどうしていますか?」


「手足をシーツでベッドにくくりつけてやったのだ!」


「……ナオミ」




 褒めて、とばかりに満面の笑みで胸を張るナオミにレダは頭痛を覚えた。


 いくら勇者とはいえ、一国の王女にしていいことではない。




(――不敬罪になったらどうするんだ!)




 声を大にして叱りたかったが、悪いことをした自覚のない少女を怒ってもしょうがない、と彼女の頭を諦めて撫でておく。


 ナオミが不敬罪で処罰されないことを願うことにした




「お手を煩わせて申し訳ございません」




 だが、今回も王妃の口からは、怒りの声が飛び出すことはなかった。


 その逆だ。


 申し訳なさそうに謝罪したのだ。




「お、王妃様?」


「最近の娘は、本当になにをするか……やるせなさを発散させるため、暴力に走る傾向にありまして。以前のように自傷するよりも、と多めに見ていたのですが」




 自傷、という言葉に、レダが顔をしかめた。


 アストリット王女が、どんなつもりで自身の身を傷つけたのかまではレダにはわからない。


 だが、決していいことではない。


 王女が絶望していることがわかった。




「ナオミ、いろいろありがとう。ここからは替わろう。部屋の中には王女様以外に誰かいる?」


「あの女だけなのだ。みんな出ていけと怒鳴るから、侍女たちは隣の部屋で待機しているぞ。私は、ほら、護衛だから部屋の前に立っていたのだ」


「ありがとう。助かるよ」


「ふふん! もっと褒めてもいいのだぞ!」




 改めて頭を撫でてお礼を言うと、ナオミはまんざらでもなく喜んだ。


 この場の守りはナオミだけだ。


 侍女も護衛ができることは伝え聞いているが、やはり本職は騎士だろう。


 その騎士たちも、屋敷の中ではなく、外を冒険者と一緒に守りを固めているため、この場にはいない。




 レダは、ナオミと冒険者以外の護衛たちを信用していなかった。


 侍女もそうだ。


 どこに、アストリットを狙う人間が送り込まれているのかわからない。


 実際にいるかどうかもわからない。


 いないならそれでいい。


 しかし、いたとしたら、王女に近づいてほしくない。




 だからこそ、ナオミの存在はありがたかった。


 ナオミの実力はまさに一騎当千だ。


 それは、町を襲ったモンスターの大群を単身で一掃したことからもよくわかる。


 悪事に加担するような性格でもないのはレダがよく知っているため、心から信頼できた。




「では、治療に取り掛かりましょう。その前に、アストリット様にご挨拶をさせてください」




 レダの申し出に、キャロラインが許可するように頷いた。


 レダは、ナオミとヴァレリーを引き連れて、王女がいる部屋の中へと入っていく。


 その後を、キャロラインが続いた。






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