14「王妃キャロライン」



「わたくしは、ウインザード王国王妃キャロライン・サッチャー・ウインザードと申します」


「お初にお目に掛かります。ここ、アムルスの町の診療所で治療師をしています、レダ・ディクソンです。お会いできて光栄です」




 ティーダの屋敷の応接室にて、王族にあるにもかかわらず、レダたちに向かって王妃は深々と頭を下げた。


 ブロンドを伸ばし、ティアラをつけた、白いドレスの女性だ。


 年齢は四十を超えたばかりだろうが、三十代前半だと言われても、そう思ってしまうほど若々しい美しさを持つ人だった。




 ただし、その顔には明らかな疲労が浮かんでいた。


 王妃としての執務のせいか、それとも娘のせいか。


 レダには判断しきれなかった。




「あなたのご名声は王都にまで届いています。この度は、わたくしの無理な要望を聞き入れてくださったことに感謝致します」


「いいえ。王女様の境遇はお聞きしています。私が少しでもお力になれれば、幸いです」




 対してレダはいつもどおりの白衣姿だ。


 とはいえ、ジーンズ姿ではなく、それなりに上品であるスラックスをヴァレリーに見繕ってもらった。


 仮にも王妃に会い、王女の治療をするのだから、ラフな普段着とはいかなかった。




「……ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」




 キャロラインは、レダに向かい再び頭を下げた。




「か、顔をあげてください。王妃様が私などに、何度も」


「いいえ、わたくしはディクソン殿のご都合も考えず、半ば命令のようなお願いをしてしまいました。それでありながら、誠意ある態度を見せてくださることに、感謝以外のなにものでもありません」




 レダはキャロラインになんとか顔をあげてもらう。


 いつまでも王妃に頭を下げさせておくなど、心臓に悪すぎる。


 ティーダとヴァレリーのとりなしもあり、キャロラインはようやく顔をあげてくれた。




「――さっそくですが、娘の治療をお願いしたいのです」


「もちろんです」


「お願い致します。かなり無理をして連れてきてしまったゆえ、時間が立つとまた暴れだすかもしれませんので」


「はい。かしこまりました」




(――もう暴れたんだ)




 つい口に出そうになった言葉を必死に飲み込んだ。


 どうやら、アムルスに来るまでの道中は大変だったようだ。


 あとでテックスに当時の様子を聞いてみようと思った。




「王妃様、レダ様、アストリット様のお部屋にご案内致しますわ」




 そう言ってくれたのはヴァレリーだ。


 彼女が先頭に立ち、部屋の扉を開けて廊下に出る。


 レダは、キャロライン王妃に続き、アストリットが運ばれた部屋に移動するのだった。








 ◆








「あちらの部屋にアストリット様が……あら、ナオミさん?」


「なにやってるの、あの子?」




 レダたちの視線の先には、とある部屋の前に座り込んでいる勇者ナオミの姿があった。


 彼女はレダたちに気づいたのだろう。


 顔を上げると、たんっ、と床を蹴って飛びかかってくる。




「レダぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「うぉっ、と……え? なになに、どうしたの? ナオミは王女様の護衛についているはずじゃ――って、どうしたんだよ、その顔?」




 レダはナオミを受け止めると、腕の中で半泣きになっている少女の顔に、引っ掻き傷ができていることに気づいた。


 すると、ナオミが顔を真っ赤にして口を開く。




「あの王女はとんだおてんば娘なのだ!」


「――ちょ」


「目が見えなというから手を貸してやろうとしたのに、引っ掻いたあげく、私のことを噛み付いたのだぞ! 酷いのだ! 親の顔が見てみたいのだ!」


「ばっ……あの、王妃様、これはですね、この子の小粋なジョークといいますが、場を和ませようとした冗談といいますか」


「叩いてきたから叩き返してやったのだ!」


「……うわぁ」




 ナオミの言葉が止まってくれない。


 彼女の言葉どおりなら、親切心で手を貸そうとしたら、引っ掻かれて噛みつかれた。さらに叩かれたので、叩き返してやったとのことだ。


 とてもじゃないが、王妃の前で言うことじゃない。




(ていうか、王妃様の前で親の顔を見たいとかいわないでぇぇぇぇぇぇ!)




 レダは心の中で大絶叫した。








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