13「一週間後」
一週間はあっという間に経過した。
この一週間、いろいろなことがあった。
まず、ミナが学校に通い始めたのだ。
ありがたいことに、町の診療所の先生の娘という立場のミナを悪く思う子供はいなかったそうだ。
むしろ、レダに家族を助けられたとお礼を言ってくる子がいたと聞いている。
その話をしてくれたミナはレダを誇るようだった。
友達もすぐにできたおかげで、学校が楽しいと語るミナに、レダはもちろん、家族が頬を緩めたのは言うまでもない。
レダにとって、娘が学校に通うというのは一大イベントだ。
初日は、ちゃんと学校までついていき、校長先生に深々と挨拶をしたが、逆に恐縮されてしまったことは記憶に新しい。
校長から担任となる先生を紹介された。
優しそうな女性だった。
しかし、親バカであるレダは、万が一のことを考えてしまった。
中途半端な時期にクラスにやってきたミナがいじめられたらどうしよう、と考えると、気が気でない。
そこで、仕事のないナオミに監視を頼んだのだ。
仮にも勇者にそんなことをさせていいのか、などと良識ある思考はなかった。
ナオミも特に考えず了承してくれた。
一応、依頼として、お小遣いをあげることになったが、必要な出費だった。
ナオミの報告では、ミナはみんなに好かれているという。
とくに、そのかわいらしい容姿から、男子にも人気があるそうだ。
ちなみに、その報告を聞いたレダは、顔を知らぬ男子生徒に「俺の娘に手を出したらどうなるかわかってんだろうなぁ、ああん?」と念を送った。
そんなレダを、さすがのナオミも引いた目で見ていた。
引き続き、ナオミに監視をお願いしようとした。
とくに男子生徒が近づかないよう、介入もさせようとまで考えた。
だが、そんな企みは、ルナとヒルデガルダにバレてしまい、あっさりと潰えることになる。
一度しかない学校生活に親が介入するな、と言われてしまうと、レダも黙るしかなかった。
結局、ミナになにかあったら必ず言うように、とうざいほど忠告するだけで留めておくことになったのだ。
それでもレダは常にミナのことを心配していた。
そんなレダを見て、「あたしも学校いけばよかったかしらぁ」とルナが呟いたのは言うまでもなかった。
そんなこんなでミナの学校生活は、父親の暴走を抜きにすれば概ね順調だった。
「もう一週間か、早いな」
ティーダの屋敷の応接室で珈琲を啜っているレダは、瞬く間に過ぎ去った一週間のことを思い返していた。
本来なら、今日も仕事のはずだが、一昨日から休ませてもらっている。
アストリット王女の治療を万全な状態で行うためだ。
ただ治療を休んでいるだけではない。
この一週間の間酒を断ち、食事も魔力にいいという香草を中心に変えてもらった。
これには魔女メイベルの知識と、レダのために時間を割いて食事の支度をしてくれた少女たちに感謝したい。
ルナはもちろんのこと、ヴァレリーも甲斐甲斐しく家に通ってはレダの面倒を見てくれていた。
おかげで体調は万全だった。
診療所を休むことをネクセンとユーリ、アダムス医師と魔女メイベルに告げると同時に、アストリット王女の治療に携わることを伝えていた。
家族同然の同僚たちには、隠す必要がないと判断したのだ。
むしろ、自分の抜ける穴を補ってくれる仲間への誠意を見せる意味合いもあった。
王都に伝手があるネクセンは、アストリット王女の件をすべてではないが知っていた。
彼の知っている治癒士が治療に当たったことがあるそうだが、結果は伴われなかったようだ。
ネクセンたちは、手伝えることがあれば遠慮なく言えと言ってくれた。
ネクセンは不器用ながらに、ユーリは古傷の、それも失明を治療しようとするレダに興味津々で。
ふたりの協力の申し出は嬉しかったが、レダが診療所から抜けてしまう分、いつも通り治療をしてほしいと願い、受け入れられた。
すでに、治療場所であるローデンヴァルト辺境伯家の一室が、アストリット用として用意されている。
もちろん、同行される王妃の部屋も、従者たちの部屋もだ。
あとは、アストリット王女と王妃様がアムルスに到着するだけだ。
王都からアムルスへの道中には、王妃が用意した精鋭の騎士が護衛につくことになっているが、万が一を考えてアムルス側から冒険者ギルドとティーダが選んだ信頼できるテックスを隊長に護衛部隊を組んで派遣している。
もうすぐ王家一行はアムルスに着くだろう。
「レダ、レダ。このお菓子が美味しいのだ! レダの分も食べていいか?」
「うん。ほどほどにね。お腹いっぱいになって晩ご飯が食べられなくても知らないからね」
「私はそこまで子供じゃないのだ!」
この場に、唯一の同行者、ナオミ・ダニエルズが緊張感なくおかしを食べていた。
意外と言うべきか、積極的に手伝いを申し出てくれたのがナオミだった。
聞けば、勇者だけあって、国王と王妃には何度も顔を合わせているらしい。
他の王女や、王子とも顔見知り程度だが、知己という。しかし、アストリットのことだけは知らなかったらしく、興味があると言った。
「国王は狸ジジィなのだが、王妃はいい人だったから手伝ってあげたいのだ」
そう言ってくれたナオミの申し出をレダはありがたく受け入れることにした。
患者は女性だ。
女手が必要なことも多々あるだろう。
ヴァレリーもいるし、侍女も手伝ってくれるだろうが、いざ力をほっしたときにナオミほど頼りになる存在はいない。
なによりも、アストリット王女の治療を快く思わない輩もいないわけではないらしいので、万が一のことを考えると勇者である彼女は最強の護衛となるのだ。
「――む。ヴァレリーが急ぐように走ってくるぞ」
レダには聞こえないが、ナオミの聴覚は、近づいてくるヴァレリーの足音を捉えたようだ。
しばらくするとレダの耳にも聞こえた。
ヴァレリーは、普段の彼女らしからぬ慌てた様子で、部屋に飛び込んでくると、
「レダ様! ナオミ様! 王妃様と王女様が御到着しましたわ!」
もうすぐ日が落ちるという春の日の夕方。
盲目の王女アストリットがアムルスに到着した。
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