12「アストリット王女の事情」⑤



 レダはヴァレリーと一緒に、ローデンヴァルト家の廊下を歩いていた。


 ティーダとの話を終えたので、診療所に戻ることにした。


 ヴァレリーは見送ってくれるという。




「わたくしはアストリット様のことを覚えていますわ。ですが、今のアストリット様はわたくしの知るあの方ではないようです」


「随分とおかわりになったと聞きました」


「はい。わたくしもアストリット様がお怪我をしてからお会いしたわけではないのですが、かつての面影はないそうです」




 隣を静かに歩くヴァレリーの表情は暗かった。


 レダには、ヴァレリーとアストリットがどのような関係だったかまではわからない。


 ただし、彼女の落ち込み様を見る限り、それなりの仲だったのかもしれない。




「あの、ヴァレリー様」


「レダ様、少しだけ、わたくしの話を聞いてもらえませんか?」


「……もちろんです。どうぞ、おっしゃってください」


「ありがとうございます。アストリット様のことですわ」




 彼女は、足を止めずに語り始める。




「私とアストリット様は、少し歳が離れていましたが、両親が国王陛下の覚えがよかったことや、母が王妃様と学生時代の同級生だったこともあり、まだ王都で暮らしていた頃に友人としてお会いしていました」


「そうだったんですね」


「兄も、王子様の家庭教師を短期間ですがしたことがあり、それが縁でアストリット様と面識がありました」




 ヴァレリーは過去を思い出すように、目を閉じた。


 足を止めてしまった彼女は、どこか寂しげだ。




「ここ数年のアストリット様の噂は決していいものではないようです」


「みたいですね」


「……怪我をしてお辞めになった侍女がいることからはじまり、生まれた頃から決まっていた結婚が破談になったとも聞きました」




 残念なことではあるが、盲目になってしまった王女と結婚しようとする人間はそういないだろう。


 メリットがないわけではないが、デメリットも相応に存在するはずだ。




「アストリット様の婚約者はわたくしの知る方でした。しかし、その方は、盲目になったアストリット様に……不良品はいらない、とおっしゃったそうです」


「――っ、それは酷い」




 同じ男としてレダは言葉がない。


 よく光を失い苦しんでいる女性にそんなことを言えたものだ。




「そんなことを言われてしまえば、アストリット様も感情が抑えられなかったそうです。あの方は、その、婚約者の方をお慕いしていたそうでしたので」




 口にこそしなかったが、レダはアストリット王女を哀れに思った。


 盲目となり、婚約者から見捨てられ、父親にも見限られている。


 これで、母親がアストリットのことを考えてくれないような人だったら、彼女は一体どうなっていたのか、と考えるだけでも恐ろしい。




「その後の、アストリット王女様は?」


「アストリット様をお嫁として受け入れてくださる一族は、国内はもちろん、国外にもなかったそうです。国王様がアストリット様のことを諦めてしまわれたのも、この頃のようです」




 王としては間違っていないのかもしれないが、親としては最低だ。




「国王様は、どこかに領地を与えて、ひっそりと隠すように隠居させようとしたそうですが、王妃様が反対なされました」


「……王妃様のお話を聞く限り、そうしたでしょうね」


「ただ、王都に残ることも、アストリット様に取っては負担だったのでしょう。成り上がりたい貴族が、王族の血を欲するためだけに結婚の申し出をするようになったと聞きます。盲目になったアストリット様を、本来ならお迎えできない低い爵位の貴族や、商家の人間が欲したのです」


「……なるほど」




 王族が嫁にいくのなら、同じ王族か、公爵家が一般的だ。


 他にも、侯爵家や、低くても伯爵家がせいぜいだろう。


 だが、アストリット王女は光を失い、気性も荒くなってしまった。


 そんな彼女を受け入れるような奇特な一族はない。


 残ったのは、アストリット王女を利用して成り上がろうとする人間たちだけだ。




「事もあろうに、正室として受け入れようとする一族はいませんでした。誰もがよくて側室、多くが愛人として、一国の王女を手に入れようとしたのです」


「もちろん、王妃様が首を縦に振るはずはありませんよね」


「もちろんです。そんな結婚などしてしまえば、どのように扱われるかなど子供でもわかりますわ」




 レダでも想像ができる。


 成り上がりたい人間の子を生まされたら、ひっそりと田舎で隠居だ。


 子供に会えず、孤独な日々を強いられるかもしれない。


 光を失っただけの女性に対して、あまりにも酷い。


 アストリット王女だって、好きで盲目になったわけではないのだ。




「わたくしはレダ様を信じていますわ」


「……ヴァレリー様?」


「わたくしはかつて、死んでしまいたいと嘆いていました。そんな地獄から救ってくださったのがレダ様です」


「お救いすることができてよかったと思っています」


「きっとアストリット様のことも、レダ様なら。たとえ、治療が難しくとも、レダ様のような暖かい人と触れ合えば、アストリット様のお心も慰められるのではないかと思いますわ」


「……俺に期待しすぎですって」




 レダは、輝かせた瞳を向けてくるヴァレリーに苦笑いする。


 だが、できない、とは言わなかった。




(――確証はない、できるかどうかも不明だ。だけど、光を失って苦しむ王女様がいるんだ。俺がやらなきゃ、誰がやるっていうんだ!)




 レダも、かつての自信のない男ではない。


 治癒士として多くの人を治してきた自負がある。


 自分の回復魔法が、たくさんの人を救えるのだと知っている。


 ならば、試してみない理由はない。


 そして、治してあげたい。


 アストリット王女に、再び光を取り戻したいと、強く願うのだった。








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